紅葉色の君へ

読了目安時間:8分

エピソード:4 / 15

第三話 まだ踏切の前

第三話 まだ踏切の前  屈辱、ここに極まれり。  なんということだ。曲がりなりにも、高校生であるこの僕が。  僕と同じくらいの年頃の少女に、抱きあげられるなんて。  しかも……お姫様抱っこで……っ! 「え……ちょっ……待っ……」  少女の両手を振りほどこうと、僕は暴れかけて、やめた。  やめざるを得なかった。 「あれ、もうちょっと反抗すると思ってたんだけど」  キョトンとした顔で、少女は続ける。 「……もしかして君、高所恐怖症だったりする?まぁ、私の身長は百五十六センチだから、せいぜい君は百二十センチ程度しか地面と離れてないんだけど、それでも怖いとはよほどだね」  ルンルンな様子で、少女は笑った。 「別に、僕は高いところが苦手ってわけじゃない。……ただ、一刻も早く下ろしてほしい」 「……いや、ここで私が下ろしたら、君また死のうとするでしょう。私の目を見て死なないと誓うまで、離す気はないから。」  ……本気の目なのか、わからないな。 「……それにしても、君って意外と筋肉質なんだね。ただなんていうか、すごく、君の背中、筋肉じゃないような硬さなんだけど……、コルセットでも付けてるの?」  ……あまり触れないで欲しい。  ……不自由を、意識してしまう。 「……付けてるよ。体幹がないからね。それを付けていないと僕は猫背で固まってしまう。……そんなことはいいから、早く僕を下ろしてほしい」  頼むから、と、僕は付け加える。  しかし、少女は僕の切実な願いに耳を傾けることもなく、興味津々な様子で僕のコルセットを触りながら、先刻の会話を回想しているようだった。 「そういえば君、さっき『自分の足には感覚がない』みたいなことを言ってたけれど、それって本当にまったく、例えば今私が君の足をつねっていることもわからないってこと?」  この状況下でいったい何をしてくれとんのじゃ……  ……わからなかったけどっ!  っていうか早く! 「そんなことはいいから!早く下ろしてってば!」  僕は叫んだ。  鬱陶しい好奇心のお相手なら、後で散々付き合ってあげるから。  ……いや、やっぱ付き合わないかもしれない。  とにもかくにも、早く下ろしてほしかった。  ……じゃないと。 「そんなに喚かなくても聞こえてるよ。まったく。そこまで情熱的に話すキャラじゃなかったじゃん。なんでそんなに早く下ろしてほしいの?恥ずかしいの?」  違うんだ。  見当違い。  ……本当は言語化したくなかったんだけど。わからないようなら仕方ない。……これを言うのも相当恥ずかしいけれど。 「……あんたの胸が当たってんの!腕に!この体勢だと!だから早く下ろしてくれって言ってんの!」  だから暴れられなかったんだよ……。  ようやく僕が喚いていた理由を知った少女は、しかし、僕の想定とは全く異なるリアクションを取る。 「……へぇ」  ……え、何そのリアクション……。  申し訳なかった、というか、どちらかというとこちらが被害者のはずなのに、なぜか罪悪感まで芽吹いてるんだけど……。  ……あれ?なんで得意顔をされて……?  ……一人で勝手に焦ってた自分がバカらしくなってきた。  そういえばこいつ、自分のファーストキスでさえ、僕の自殺を止めるために難なく差し出したやつだった。これくらいのことでたじろぐようなやつではない。たぶん。  少女の名前さえ知らない僕が、少女を語るのも変な話だけれど。  ……なんだかもう、どうでもよくなってきた。  とか思っていたら。少女と僕の視線が合った。  ハリウッドの悪役俳優も顔負けの、悪い顔で。  少女は、吐息を絡めて、僕に言葉を、吹きかける。 「……わ・ざ・と♡」  語尾にハートマークが見えた。  前言撤回。まったく何もどうでもよくない。  今この瞬間をもって、僕はこいつに制裁を下すまで死なないことを誓う。  人の純情(キスは済ませているけれど)を弄んだ罪は重い。  少なくとも同レベルの恥辱は味わってもらおうではないか。  必ずや雪辱を果たして見せよう。 「……今、仕返してやるって顔してるよ。あぁ怖い怖い」  少女は茶化しながら、さらに自分の胸を僕の左腕に押し当てた。  なんだこいつ、煽ってんのか?――  ――硬かった。 「あの……骨に当たって痛いんですけど――」  言い終わらないうちに、地面に落とされた。  僕が死なないって誓うまで、離さないんじゃなかったのか。  高さ百二十センチ程度と言えども、下はアスファルト。しかも真夏日に暖められた熱いアスファルト。  コルセットを付けているとはいえ。  上半身だけしか感覚が残っていないとはいえ。  受け身の取れない僕にとって、その落下は、骨が砕けたんじゃないかと思うほどの衝撃だった。 「痛っ……!」  思わず呻いてしまった。 「失神するかと思った……」 「失言するからじゃない?」 「誰がうまいことを言えと⁈」 「私の胸を侮辱しといて、まずは謝罪でしょう。ごめんなさいって言えないの?凌辱するわよ?」 「ごめんなさい!犯さないで!」 「謝れてえらいね。私こそごめんなさい。ついうっかり、君を落としてしまって。女子の筋力じゃ、いくら君が軽かったとしても、長く持たなくて」 「………………」  なんてやつだ。  あんたの場合、謝ってもえらくないと思う。  ……というか、今、凌辱って言ったよな……。年頃の女の子がどこでそんな言葉を……。  ……年頃だからか。  まぁとりあえず、これで晴れて自由の身に戻った。 「これで晴れて自由の身だ、とか思ってたら大間違いだよ。君が死のうとするのをやめるまで、私は君の自由を奪うから」  ……全然自由の身じゃなかった。 「どうしてそこまで生かそうとするんだよ!」 「どうしてそこまで死のうとするのよ」 「生きていたくないからだよ!」 「苦しみたくないからだけでしょ」  ……いやまぁ、確かにそうなんだけど……。 「じゃあどうすれば、苦しまないように生きられるんだよ」 「無理だよ。生きることは苦しむことだよ」 「苦しみたくないんだよ!」 「苦しまなければいいんじゃない」 「生きることは苦しむことなんじゃなかったのかよ!」  さてはこいつ、国語苦手だな。 「だったら、生きるのやめたら、苦しいのもやめられるよな」 「……確かに!」  ……納得しないで。  説得してたじゃん。 「じゃあ、死んでもいいじゃん」 「それはダメ」  ああもう。ああ言えばこう言う。 「じゃあ君は、僕に、苦しめって言うの?」  そろそろ会話にも疲れてきた。  いつまで僕たちは踏切の前にたむろしているんだろう。  死んでもいいなら早く死にたいし。  死んだらダメでも早く死にたい。  困った顔をしたまま、少女は固まってしまった。  まぁ、あんな言い方をすれば当然なのかもしれない。  今、隙をついて走り出せば振り切れるんじゃないかとも考えたけれど、僕を線路から突き飛ばした時の少女のスピードを思い出して、諦めた。  いつまでもアスファルトに座っていると尻に痣ができるので、とりあえず車いすに乗り移りながら僕は、どうしたものかと途方に暮れる。  この線路は本数がそこまで多くないから、次、この踏切が閉じるのも、早くて二時間後とかだろう。それまでどうやってやり過ごそうか。  できればこの少女ともお別れしたい。  のこのこと僕について来られても、僕の自殺の邪魔をされるのは火を見るよりも明らかだ。  というかこれまで勢いで喋ってこれたけれど、同年代の女の子と話したのは、挨拶を除けば今日が初めてなんじゃないのか。  学校じゃ人見知り全開で、いわゆるコミュ障で、異性どころか同性の友人さえいない。  そんな僕にとって、同年代の女の子と、よりによって自殺の現場で遭遇して、死にたいとか生きて欲しいとか、そういうセンシティブが過ぎる話題で会話していたことは、奇跡と言っても差し支えないのでは。  今更そんな、普段の自分の振る舞いを意識してしまうと、もうこれまでのようなスムーズな会話のキャッチボールも出来ないような気がしてくる。  本当、人生の最後の最後で、僕は何をしているんだろう。    ふいに、少女の口が開く。 「答えが、出ました」  ……え、なんの?  何か質問でもしたっけ……。 「……と、その前に」  しわになった袖を整えながら。  僕の目を見据えて。 「君の名前を、教えて欲しい」 「……それ、今聞く⁈」 「君って呼ぶのに疲れたから……」  なんだそれ。  呼ぶのが名前なら疲れないのか。 「……室人(むろと)(みお)。です」  しぶしぶ僕は、自分の名前を答える。 「ふーん。ならトミーだね。よろしくねトミー」 「……ん?……ちょっと待ってくれ。どうしてトミーなんだ?」 「え?だって、とみお君でしょ?」  ……小室っていう苗字はよく聞くが、室って苗字はなくないか?少なくとも僕は聞いたことがない。  いや、探せばあるかもしれないけれど。  まぁ、それを言ってしまえば、室人っていう苗字も僕の親族以外で聞いたことないけど。 「室人が苗字で、澪が名前……なんだけど」 「あ、区切るところを間違えたのか。じゃあ澪君だね」  ……なぜ僕は今更自己紹介なんてしているのだろう。 「澪君が名前を教えてくれたから、私も名前を教えなきゃね」  そう前置きして、少女は己の名前を、ようやく告げた。 「私はね、夢咲碧っていうの。夢咲が苗字で、碧が名前。珍しいよね、夢咲って苗字。なんか前に調べたらね、日本に十人くらいしかいないんだって。まぁ、珍しさで言えば、君の苗字もなかなかだと思うけど」  ふふっ……って笑って、碧は続ける。 「それでね、澪君」  ……女子から下の名前を呼ばれることに、どれだけ慣れていないんだと、少し早くなった鼓動を実感して恥ずかしくなりながら、僕は次の言葉を身構える。  しかしその次に繋げられた言葉は、そんな初々しい青春のかけらを吹き飛ばすかのような、衝撃的な言葉だった。   「一年間だけでいい。私の為に、苦しんで欲しい」

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 『バイ友、始めます!!』〜美人令嬢と友達になるバイトを始めたんだが、どうやら彼女はネットで俺にデレてる女の子だったらしい〜

    週に1時間、令嬢の友達になるバイトします

    52,100

    0


    2022年12月7日更新

    城崎幸太郎は貧しい高校生だった。 学業は抜群だが家が貧しいが為に、ファミレスや家庭教師とバイト三昧の日々を送っていた。 ある日幸太郎は『気難しい令嬢の友達になる』と言うバイト【バイ友】を知りその高額時給につられて申し込む。 雇い主はとある名家の父親。 学校で疎外され友達がいない娘を心配しての親心だったが、誰とも打ち解けない娘に申し込んだこれまでの【バイ友】達は皆すぐに辞めてしまっていた。 むろん気合を入れてやって来た幸太郎も、当然ながら全く相手にされない。 しかし幸太郎は気付く。 自分がここ数か月ずっとネットで悩み相談を受けていた自分だけに甘えて来るヤンデレ女子。彼女がその令嬢だったと言うことを。 ※この小説は小説家になろう、カクヨムでも公開しています。

    読了目安時間:5時間20分

    この作品を読む

  • 男女あべこべ?いいえ、これが現実です。

    色々な方に読んでもらえると嬉しいです。

    290,460

    3,801


    2022年12月7日更新

    加藤貴子という一人の女性科学者の狂気で人類は滅亡しかける。新世界政府主導で、管理・隔離され、世の中から姿を見ることがなくなっていく男性達。すっかり男性に縁のない女性達、そんな時に地方の高校の一つに武田鉄郎という純日本人男子が入学してくる、男性の入学に狂喜する女生徒達。連日のアプローチにとまどいつつも、鉄郎は健気にこの女だらけの世界を生きる。 「プロピュライア祖父が創造主の異世界でとりあえず短期留学希望」を連載なさっておられる神谷将人大先生からFAを頂いてしまった、嬉しーーーっ!! 登場時の貴子のイメージにピッタリなのです、自由に使っていいよと許可してもらったので表紙に貼っちゃいます。 先生は「マウスだけでイラストを描く方法」も連載しているので、それも読めばこういう行程を経てこのイラストが完成したんだとご理解いただけると思います。感謝!! ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・ 名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:22時間18分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 嫉妬したがりの西園寺さん

    ほんわか百合ラブコメです

    300

    0


    2022年12月7日更新

    人間誰しも得意なことがある。 それは自分ではわからないことかもしれない。あるとき気がつくことかもしれない。 本当に大切なことは誰かの得意なことを認めること、誰かの大切なものを貶さないこと、誰かの恥ずかしい部分を笑ったりしないこと。 そうしたら幸せなことが待っているかもしれない。 誰かを大切に思える人が、誰かから大切に思われない道理などはないから、

    読了目安時間:13分

    この作品を読む

  • 天下無敵の女神様

    第4話から安藤与一が復帰します

    155,114

    3,806


    2022年12月5日更新

    安藤与一。今殺人罪で尼崎刑務所に服役中だ。刑務所内で作品を投稿する。第2話から与一はサビーニンに生まれ変わり、西シベリアでサバイバル生活を 送ることになります。第2話から1438年出発版(ノヴゴロド編)を順次作成中です。第4話からは安藤与一が戻ります。乞うご期待。

    読了目安時間:36時間24分

    この作品を読む