アカ Lost Color

読了目安時間:5分

第七話

 月が銀色に輝く夜、娼館で椿は月を眺めていた。もう一度、あの方に逢えたら。無意識にそんなことを思っていた。 「……ああ、いけない」  我に返り、首を振る。もう一度会いたいだなんて思ってはいけない。本当の姿を見られてしまった以上、あの最初の頃のように接することなど叶いはしないのだから。彼は軽蔑したことだろう、一国の姫君がこんな卑しい所に居るなんて。想いを断ち切ろうと窓を閉めようとしたときだった。 「……こんばんは」  逢いたいと思っていた彼の人が、月を背景に目の前に現れた。椿は驚いて小さく悲鳴を上げた。 「貴方は……」 「僕だよ」 「それは分かっています。……と、とりあえず中へ」  成り行きで情報屋を部屋に入れ、椿は窓を閉めた。 「窓から来る方なんて初めてです」 「うん、流石に悪かった。反省してる」 「あんなところから入るなんて危ないです……」  それきり、ふたりは黙り込んでしまった。部屋に彼を入れてしまったことを椿は今更ながら後悔した。 「しばらく、この国から離れることになりそうだから来たんだ」 「えっ」 「ちょっとこちらの事情でね。この国に居られるのも今宵限りだし、それに」 「それに?」 「……君にちゃんと礼を言おうと思って」 「そんな、お礼なんて」 「君にとっては大した事でもないかも知れないけど。僕にとっては凄く嬉しかった……なんてこと言ったら君は笑うかな」  椿は笑うどころか真剣に話を聞いていた。今までこうして胸の内を明かすことがあっただろうか、情報屋の口から勝手にほろほろと言葉が漏れてくる。 「優しくされることに弱い性分みたいでね。一晩で君に絆されてしまったみたい」 「あら、可愛らしいところもあるのですね」 「……ごめん、やっぱ聞かなかったことにして」  情報屋は吐き出したあとに、なんだか恥ずかしくなった。可愛い、だなんて。言われた相手が異性なこともあって余計にそうさせた。 「秘密にしておきますね。大丈夫、誰にも言いませんわ」 「それは助かる。ああ、本題なんだけど」 「本題?」 「明鈴だろう、君」  途端、彼女の赤い瞳が動揺を示した。 「……君みたいな子を見間違えるわけがない」 「……私が卑しい人間であることを知っていてどうしてまたここに来たんですか、卑しい女を憐れみに来たんですか」 椿は至極冷静だった。他の女であれば、こんな事を暴かれたらきっと喚き散らすに違いなかった。それは彼女に王族の血が流れているからなのか、元々彼女が他よりも大人びていたからなのか。 「最初に言ったでしょ? この国から離れることになりそうだからって。……ついでに君ともう一度話がしたかっただけ」 「いいのですか、私なんかで」  椿の問いに情報屋はゆっくり頷いた。同時に、椿の視界が涙で歪んでいく。泣き出した椿を情報屋はそっと抱き寄せ、あやすように頭を撫でた。 「ごめんなさい、突然泣き出して……着物、濡らしてしまいましたね」 「気にしないでいいよ。ほら、泣きすぎるのも良くないよ」 「そうですね……ありがとうございます」 「……君はどうして娼婦をやってるの?」 「人を探していて。その為にも、手がかりが……情報が必要だったんです」 「なら人を雇えば良かったんじゃ……」 「そういうわけにはいかなかったんです。……隠し事をしてでも、こうしなきゃいけなかった。許嫁の方はもう居ないから、貞操なんてもうどうでもよかった」 「…………そう。僕も人を探していてね」 「あら、偶然ですわね。……お互い、見つかるといいですね」 「見つかるよ」  自分は復讐する為だけに生きているのだから、そうでないと困る。夜も深まってきた頃、情報屋は椿の部屋を出て、女将の居る一階へ降り立った。 「こんばんは、女将」 「あら、いつぞやの。どこから入ってきたの?」 「椿の部屋の窓から」 「面白い方。手出しさえしなければ代金は頂きませんわ」 「あぁ、それに関してはご心配なく。私用で暫くこの国に居ないからちゃんと会って話をしたかっただけだから」 「そう。……で、私に何の用かしら」 「単刀直入にお聞きしますが。このままでいいのですか、貴女は」  女将の顔から笑みが消えた。情報屋の読み――彼女こそが椿……明鈴の母親なのではないか――は外れてはなさそうだ。 「なんのことやら」 「シラを切るのがお上手で。この情報屋相手にそれが通用するとでも?」  両者は口を閉ざしたまま視線を絡み合わせた。どれくらいの時間が経っただろうか。 「いつか、あの子に打ち明けようと思ってはいるのですよ」  女将が沈黙を破り、細々と話を始めた。 「あの子が母を探す為、と私のところに来た時は驚きました……偶然の再会だったのです」 「貴女の子でしょう、どうして何も明かさなかったのです」 「勇気がなかったのです。……他人になりきって、親子という関係ではなかったことにしようとしていました。娘の純潔よりも、自分の保身を優先させたのです」 「……ふ」 「何が可笑しいのですか」 「いえ。貴女も僕も、最低なのはお互い様だな、と思って」  その言葉の意味が分からず、ただ怪訝そうに女将は首を傾げた。構わず、情報屋は娼館を出た。 □□□  娼館を出ると、すぐそこでジェラルドが待機していた。 「何、こんな所までついてきたの」 「ええ、女王の命令ですので」 「へぇ?」  彼を横目に榎月は先を行く。ジェラルドは黙って榎月について行った。 「ねぇ、がっかりした?」 「何がです」 「かつて栄華を誇ってきた一族の生き残りがこんな卑しい所に居て」 「……別に何も」 「僕こう見えて結構酷い生活してたんだよ」 「意外ですね」  榎月はぴたりと立ち止まると、ジェラルドに向き直り壁際に追いやった。 「ここの奴らみたいに女も抱いたし娼婦みたいに抱かれたりもした。それに数えきれないくらい人も殺してきた。薄暗いところで、ずっと、」 「……」 「何か言えば」 「だから何です」 「それでも君らはここまで、自分から落ちぶれた僕をあの国の王族だと、」  不意に胸倉を掴まれた。思いの外力強く、離すことが出来ない。 「何してようがあんたはあんただろう。色素の薄いその髪と目と、背中の刺青が証拠だろうが。寝惚けたこと言ってんじゃねーぞガキ」 「……君そんなクチきけたんだね」 「ええ、まあね。ほら、さっさと行きますよ。明日は出航なんですから」  掴んでいた手を離し、ジェラルドは先を歩き始めた。乱れた着物を直しつつ、榎月もその後に続く。 「……にしても、良かったんですか」 「何が」 「彼女、元許嫁でしょうに。何も言わずに出るなんて」 「いいよ別に。あの子は幸せになれるよ、僕が居なくても」

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