アカ Lost Color

読了目安時間:10分

第六話

 島国の女王が視察に来る日になった。港には大きな船が見え、おそらくそれに島国の女王が乗っているのだろう。情報屋は港の付近を高台から見渡した。港に向かって行進している集団が見える。行進の列に、所々神輿のようなものが入ってゆっくり進んでいる。情報屋は物見遊山にと港の近くへ向かうことにした。  行進している集団の正体は、女王を出迎えに来たこの国の王族たちだった。情報屋は人混みを掻き分け、その集団が見えやすい場所に来た。こんな近くで見るのは初めてだった。ひときわ大きく凝った造りの牛車の中に、彩の国王は居た。遠くから見ても威厳のある容姿をしている。情報屋は彼のような圧を放つ存在が苦手だった。離れていても、その姿を見るだけで手が汗ばんでくる。  進んでいく集団をじっと見ていると、あるひとつの牛車にふと目が止まった。布が上げられている為、中に居る人物もよく見えた。その中には兄妹と思しきふたりが乗っていて、談笑しているようだった。その妹のほうに目が行った。どこかで見たような、そんな気がしたから。偶然か否か、彼女と目が合った。あの紅の瞳に、艶やかな黒髪に確かに見覚えがあった。見紛うことはない、確かに彼女だ。  先日会った、椿という娼婦は確かに王族の娘だったのだ。 □□□ 「なぁ、明鈴、どうしたんだよ」 「なんでもないの、本当に。気にしないで」  帰ってきてから様子のおかしい明鈴を朱雀は心配していた。当の本人は気丈に振る舞っているが、長く彼女の世話をしている彼の目は誤魔化せない。 「だったらなんでそんな辛そうな顔してんだよ」 「本当になんでもないの……ほら、はやく行かなきゃ女王様を待たせてしまうわ。行きましょ」  無理矢理その場を収め、明鈴は朱雀と共に客間へ向かった。レヴィアの女王、クラウディアは男装の麗人だった。父親から紹介され、恐る恐る前へ出る。 「こんにちは。第四王女の明鈴と申します」 「ああ、そんなにかしこまらないでいいよ。普通に接してくれると嬉しいな。二人きりで話をしてもいいかい」  王の許可を得て、ふたりは応接間へ移動した。 「こうして同性の方と話をする機会がなかなか無くてね。……いや、男所帯って訳じゃないんだけども」 「私もなかなか同性の方とお話する機会が無くて。クラウディア様とお話できて嬉しいです」 「それは良かった」  彼女相手だと不思議と明鈴は何でも話すことができた。出自の話をしても、彼女は真剣に聞いて対等に接してくれた。それが明鈴にとって、とても嬉しかった。 「そういえば、君には許嫁とかは居るのかい」  あまりにも唐突な質問に、明鈴はむせ返った。 「っと失礼。大丈夫?」 「大丈夫、です。ええ、居ました。……もう彼の国は亡んでしまいましたが。彼とは文通をしていました」 「文通かあ。私もやってみたいなあ。どんな人だったの?」 「真面目で誠実で……優しい方。榎月、という方なのですが」  榎月。クラウディアはその名に聞き覚えがあった。ちょうど、彼を探しているからである。ふと自分を呼ぶ声でクラウディアは我に返った。この子は何も知らなくていい――その方が、幸せだ。悟られぬよう、平静を装った。 □□□  夕方。情報屋はバーへ向かっていた。ほとんどの人が港の方に集まっている為、人気(ひとけ)はない。夕餉は何だろうなどと考えながら歩いていると、背後でびちゃびちゃと水音が聞こえた。情報屋は懐から短刀を出し振り向きざまに切っ先を向けた。 「……っと、なんやねん兄ちゃん、びっくりしたわぁ」 「?!」  背後に居たのは、水の身体をもつ異形・ウンディーネだった。 「武器は効かない、か」 「うっわあ、兄ちゃん怖ァい」 「一応聞いておくけど。あんたは誰、僕の何が目的で来た?」 「そんな殺気丸出しで訊かんといてぇ……折角のいい男が台無しや……」 「いいからさっさと答えろ」 「おほん。私は今日来た女王様の従者、ウンディーネのグレイシアや。女王様の命である人を探せ言われててな、兄ちゃんのことちょーっと追っかけてたんよ」 「女王様の命令? どうして僕があんたに尾行されなきゃいけないの」 「おやおや、いつまでシラを切るつもりだい?」  情報屋の背後から声がした。振り向くと、プラチナブロンドの長い髪をひとつに編んだ青年がそこに立っていた。 「何のことだか分からないな。それに、女王様に探されるようなこと、した覚えはなくてね」 「君にその覚えが無くても僕らには用があるんだ。……さあ、来てもらおうか」  青年は目をスッと細めると、人差し指を情報屋に向けた。指先に光が宿る。何かを察した情報屋は横に飛んで避けた。彼が居た場所に青年の指先から放たれた光が炸裂する。 「ふむ。コレのことは解っているんだね」 「知らないわけないだろ、この国で魔法が見れるとは思わなかったけど」  じりじりと後ずさりながら情報屋は青年と睨み合った。 「……大人しく来てくれそうにもないね。残念だ」 「当たり前だろ」 「別に取って食おうって訳やないんや、警戒しなくてもええんよ」  後ずさっていくと、錆びついたコンテナにぶつかった。 「行き止まり、やな?」 「さて……もう一度訊こう。一緒に来てくれるかい?」 「何度訊いても……」  情報屋の返答はそこで止まった。情報屋はコンテナの上へ、屋根へと跳び移って二人を見下ろした。 「答えは変わらないよ。行き止まりがあると分かっていてここまで追い詰めたのは評価してあげる。今日は諦めてご主人様のところへ帰ることだね」  そう言って情報屋はその場から走り去っていった。 「……ほう」 「……ほう、やないやろ! 阿呆!」  グレイシアはそう言って青年の頭を叩く。彼女の身体が水であるため、頭から水を被る羽目になった。 「どうしてくれるんだ、風邪をひいてしまうだろう」 「今はそんなん関係ないやろ? なんで追いかけなかったんや、私はともかくあんたなら……!」 「もしもしラルド? すまないが逃げられてしまってね……」  がなるグレイシアを無視し、青年は片耳に着けた通信機器を通して仲間に連絡をとった。水を被っても壊れない特殊なものにしておいてよかった、と青年は内心安心した。 「グレイシア、先に宿に戻ろう。あとはラルドと女王の健闘を祈るだけだ」  銀の瞳を妖しく輝かせ、青年はグレイシアを連れて宿へと向かった。 □□□ 「……女王」 「どうした、ラルド」  宿泊先にて、クラウディアは従者のジェラルドに呼ばれ首をそちらに向けた。先ほど他の従者から連絡があったらしく、ジェラルドは落ち着いた声で応対していた。 「キールとレイが、彼を見つけたらしいのですが……逃げられてしまったようです」 「……困ったなあ」 「そう言っている割には困ってなさそうですが?」 「バレた? こうなってしまったら、私直々に出迎えてやらねばと思ってな。……ラルド。彼を探す。手伝ってくれ」 「御意」 □□□ 「変な奴に絡まれた」  バーでの第一声。情報屋は機嫌悪そうに酒を一杯呷った。 「絡まれるのはいつものことじゃない。あんた無駄に顔がいいんだもの。どうして今更機嫌悪くするのよ」 「相手が違う」  そう言って情報屋はグラスを置いてマスターに次の酒の催促をする。マスターは慣れた様子で酒を注いだ。 「相手が違うって……どういうことなのよ」 「今日来た女王の従者だよ。どんな理由かは知らないけど、僕に用があるとかなんとか」  ソーダで酒を割りながら情報屋は溜息を吐いた。 「あらぁ? もしかしたら婚約しにでも来たんじゃないかしら? 確かあの方、未婚者でしょ」 「いやいや、相手がおかしいでしょ。冗談でも笑えないよそれ。ともかく、女王はまだこの国に滞在するんだろ? その間は見つからないようにしなきゃまた面倒なことになる」 「じゃあ地下室に居ればいいわぁ、あそこ快適だし広いし」 「それいいかも」  話し込んでいると扉の開く音がした。まだ、バーの開店時間ではない。ぎょっとしてふたりは扉を見た。燕尾服の男がそこに立っていた。 「あらやだ。まだ開店時間じゃないわよ?」 「ええ、わかっています。……そこの貴方に、御用がありまして」 「女王様の従者は鼻がいいね。……ていうか断ったんだけど。しつこいね君たち」 「私達は貴方を探しにこの国に来たのですよ。断られても困ります」 「僕はあんたらに探される理由なんて無いし一緒に行く筋合いもないから」 「……ほう? 本当に、そう言い切れますか?」  そう話しながら男は、一歩、二歩と距離を縮めていった。 「ねぇ。榎月殿?」  耳許で囁かれたその名は、決して他者に教えることのない名前。情報屋は思わず男を突き飛ばした。 「あら、何を言われたの?」 「うるさい、貴方は黙ってて」 「聞き覚えがあるでしょう、でなければそのような反応はしない」  服に付いた埃を払い、男はやおら立ち上がる。その間、情報屋は戦闘態勢に入った。 「目的は何、場合によっては殺す」 「あら、ここで()らないでよ?」 「出てってもらうから大丈夫」  一気に距離を詰め、情報屋は男を蹴り飛ばした。男の身体は扉ごと吹っ飛んだ。後ろでマスターの怒号が聞こえる。……そういえばこの間、扉を業者に直してもらったばかりだった。 「思ったより軽いんじゃないの」  男の首筋に短刀を宛がう。何の素振りも見せずに、男はただ微笑むだけだった。 「……で、あんたは何者?」 「見てのとおり、女王の執事兼従者ですが」 「うさんくさい」  少し脅してみようと、皮膚を一枚裂こうとした時だった。背後から気配を感じ、情報屋は男から飛び退いた。 「おいおいラルド、少しは抵抗したらどうなんだ? 殺してくださいと言っているようにしか見えんぞ?」  男装をした女が、燕尾服の男に手を差し伸べる。変に傷つけるわけにもいかないでしょう? と男は女の手を取り立ち上がると、女に一礼した。 「やあ。私がレヴィアの王、クラウディアだ。こっちは執事兼従者のジェラルド」 「あっそ。……で、女王様が僕に何の用?」  警戒を緩めない情報屋の様子を見て、クラウディアはジェラルドに耳打ちした。 「……何をどうしたらこんなに警戒されるんだい」 「彼は元から警戒心が強いようです。仕方のないことかと」 「ふむ……このような、どこで誰が聞いているかも分からない所で君を探している理由など話したくないのだが」 「僕はそれを知りたいんだ。そんなんじゃ話にならないね」 「ならばこうしますか?」  ジェラルドは音もなく情報屋に近付くと、首元にナイフを向けた。 「こちらの要求を呑まなければ貴殿は死にます。いかがなさいますか」 「……殺す気も無い癖に」  情報屋はジェラルドの腕を叩き、落ちたナイフを蹴り飛ばした。 「茶番ですよ」 「こんなことで時間を浪費したくないのだが。……変なことはしないから大人しくして貰えないか」  電流が情報屋の身体を駆け巡る。女王の魔法だ。気付いた時には既に背後に回られていた。抵抗する暇もなく、思い切り地にねじ伏せられた。 「一応確認しておきたいので。先に謝っておきますね」 「は? 何すんの……?」 「亡国の王族には身体のどこかしらに刺青を入れているそうじゃないか。君は背中に入れているんだろう?」  情報屋が上に着ていたものを剥いで、クラウディアは彼の背中を見た。確かにそこに月の刺青だったものがあり、大きく焼け爛れた痕があった。 「酷いものだ。まるで月食だな」 「…………もう、いいでしょ」  クラウディアを押し退けて、情報屋改め榎月は着物を直した。もう名前を偽る必要は無くなった。 「さて、一緒に来て頂けますね? 榎月殿」 「だから何でさ。もう過去のことでしょ、今更――」 「君、弟が居るだろう」  クラウディアの一言に榎月は凍り付いた。もう自分しか知らない弟の存在が、こうして他人に知られているということに対して、例え難い衝撃を受けていた。 「彼をこちらで預かっている。私がその気になれば死なすことも出来るが。……嫌だろう、唯一の肉親が自分の所為で死ぬのは」 「……あいつは関係ないだろ」 「関係有るか無いかは私が決めるさ。君が決めることじゃない。……さて、それでもついて来てはくれないのかな?」  クラウディアは勝ち誇ったように微笑んだ。榎月にはもう、彼女に従うことしか術が無い。 「……いいよ。分かった。でもあんたの国に行く前にやることがあるんだけど」 「幾らでも待つさ。行くといい」

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