アカ Lost Color

読了目安時間:5分

第四話

 仕事が終わり、情報屋と寒薙は帰路についていた。いつもなら仕事のことについて話しながら、時にはお互いを罵倒しつつ歩を進ませるのだが、今回は流石にお互い疲れたのか無言になっていた。夕飯も適当な酒場に寄って取ることが多いが、そんな気にもなれず。 「……」  歩いている内に身体が温まったようで、情報屋は暑そうにネクタイを緩めた。 「よくそんな窮屈なの出来るよな」 「常識的に考えてネクタイはするもんでしょ。あんたの常識がないだけだから」 「……どうにもそいつだけは出来ねぇ」 「あっそ」  どう見ても上等そうなジャケットを脱ぎ、情報屋はそれを肩に羽織った。 「お前、そんなたっかいのどこで買ってくるんだよ」 「内緒」  ああ、いつもそうだ。寒薙は隣の男を横目で見る。こいつには秘密が多い。どこから来て、どこで育って――普段の所作を見れば、少なくとも上流家庭であることは確かだろう――今までどんな人生を過ごしてきたのか。仕事上では確かに必要のないことかもしれないが、どうしても気になってしまうのだった。 「……おい」 「何」 「帰ったら酒飲むか?」 「うん」  酒を好むらしく、飲みに誘うと必ずと言っていいほど承諾してくれるし、何より強い。度数の強いものを飲んでも涼しい顔でいる。酒場では甘い酒を飲むことが多いが、飲む量が多い。酔ったところを見たことがなかった。 「何ある?」 「ワイン」 「悪くないね」  少し上機嫌になって、情報屋は言う。今日は直ぐに機嫌を取ることが出来、寒薙は内心安堵すると同時に何でそんなことで安心しているのだと己を叱責した。こんな奴相手に心動くなんて、どうかしてる。 「酒飲めるって分かったら何か身体が軽くなった気がする。さっさと帰ろう」 「お前が先に帰っても鍵かかってるからな」 「僕がどうやってあんたの家に入ったと思ってるのかな」  情報屋はにっこり笑ってピッキングに使った道具をポケットから取り出し、見せた。瞬時、寒薙はさっと血の気が引くような感覚を覚える。 「……てめぇ」 「開けられたくなかったら、僕に追いついてね?」  悪戯っぽく笑い、情報屋は駆け出した。寒薙も続いて駆け出し、追いかける。細い路地を抜け、障害物を乗り越える。こんなやりとりが馬鹿みたいに思えてきたのか、前方から情報屋の笑い声が聞こえた。 「マジでふざけんなよてめぇ!」 「真面目に追いかけてきてくるあんたもあんただよね」  いい加減にしろや、とがなって寒薙は加速した。 「その調子」  もう少しで追いつけるのに、なかなか追いつかない。寒薙の家まで、あと数メートルだ。 □□□ 「……はい、終わり。及第点じゃない?」  シャツのボタンを二つ外し、情報屋は目を細め笑んだ。 「この……弄びやがって…………」  暑そうにしつつも涼しげな情報屋に対し、寒薙は肩で息をしていた。毎日煙草なんか吹かしてるからじゃないの? とそんな寒薙の姿を見て情報屋は揶揄する。確かにそれもあるとは思うが、やはり改めてこいつに言われるとなんだか腹が立ってくる寒薙であった。 「また僕に開けられたくなければ開けなよ」 「ムカつく物言いだな。俺ん家だから自分で開けるに決まってんだろ、お前の鍵開けスキルが無くたって……いや、無い方がいいな」 「呼び鈴鳴らして開けてくれたとしても門前払いでしょ、あんたは」 「上手いこと入ってくるくせによく言うぜ。準備するからさっさと先風呂入れよ」 「一番風呂? やったね。僕シャワー派だけど」 「時間かかるから茹だるまで入ってろ、すぐ出てきても何もねぇからな」  これから大量に無くなるであろう酒の心配を頭の片隅でしつつ寒薙は台所へ向かい、情報屋はジャケットをソファの背もたれに引っ掛け浴室へ向かった。  男の住む家にしては少しばかり小綺麗だ、と寒薙の家にくる度思う。シャツを脱ぎ捨て、情報屋の白く華奢な身体が露わになる。洗面台の鏡には、焼け爛れた痕が残る背中が映っていた。  湯船に浸かって待っていろと言っていたが、一体あいつは何をするつもりなのだろうか。シャワーを浴びながら考え事にふける。明日は何をするか、今後はどう動いていくか、考えることは変わらない。ただいつまで経っても復讐相手の情報が思うように集まらないという事に少し苛立ちを感じていた。  この国に移って以来、沢山の組織を、人を消してきた。知らない内に人々から恐れられる存在になっていた。それこそ寒薙のように根拠もない噂が尾ひれのように付いてきて、一部では人ではない何かだと言われているらしい。本当に下らない。嘆息し、情報屋は蛇口をひねって湯船に湯を満たした。生来の暑がり故に――自分に無頓着なのもあるせいだろう――湯船が満ちるまでに湯冷めしてしまっても気に留めることはなかった。少しずつ水位が増えるのを、ただじっと見て待っていた。ふと、まさかこれが面倒だからって自分に押し付けたんじゃないか――実際のところそうである――と気づく。こうしている間に酒とつまみを用意してくれるからと帳消しする。ちょうど良い塩梅に貯まってきたのを見て、蛇口を止めた。湯加減を確認し、そっと湯船の中に入る。こうしてゆっくり湯船に浸かるのはいつぶりだろうか。  浴室から出ると、美味しそうな匂いが漂っていた。ちょうど良いタイミングだったようだ。 「料理出来たんだ?」 「毎日外食は流石によくねぇだろ」 「まあ、そうだけど」 「お前の口に合うかは分からねぇが。量はこのくらいでいいだろ」 「やるね。見直した」  満更でもない顔をして、寒薙は瓶を情報屋の前に並べた。 「俺が風呂入ってる間に何から開けるか選べ」 「あんた長風呂じゃなかったっけ」 「バーカ、お前にばかすか空けられたらたまったもんじゃねぇからさっさと上がってくるよ」 「はいはい。のんびり考えるよ、あとつまみは勝手に食べていいね?」  つまみだけだからな! と言って家主は風呂場へと消えていった。 「……料理、ねぇ」  見た目はその辺の居酒屋に出しても違和感がないくらい。香辛料を多少入れたようで、特有の匂いがする。酒に合わせて作ったのだろう。情報屋は並べられた瓶を一本一本確認した。どれも良質の酒だった。品種も年代も専門の者からしたら良いと評価されるであろうものだった。酒の知識に関しては、マスターから多少聞き齧っていた。こんないいものを一体どうやって取り寄せたのか。業物を得物にするあの男のことだから、それすらも容易いのだろう。恐らく。はじめに飲むのならこれが妥当だろうと一本を手前に置いた。風呂から上がるまで飲むな、と言われているので律儀に守ることにする。いつもなら守らないが、今日くらいはいいだろう。  寒薙の長風呂に痺れを切らした情報屋が酒を飲み始めるのは、これから数十分後の話になる。

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