アカ Lost Color

読了目安時間:8分

第九話

 十年ほど前、彩国からそこまで離れていないところに、(コウ)という国が在った。珖国は太陽を信仰する日輪(ヒノワ)朝と月を信仰する月代(ツキシロ)朝に分かれており、お互い代が変わるごとに王権を交代して国を営んでいた。その月代朝に生まれたのが、今の亡国の生き残りである双子の榎月と柊月だった。  長男である榎月は将来を約束されていた。その将来は、榎月にとって不自由なところもあったが、それでも幼いながら自分なりに受け入れていた。自分がこの王朝にとって権利を得る為の便利な道具にされている、ということに薄々気付いていた。文武に優れていたことと、母親似の美しい容貌もあってかひどく丁重に扱われた。壊れ物を扱うような態度で接してくる全てが嫌で仕方がなかった。ひとりの人間として見てくれたのは弟の柊月。それと文を交わしている許嫁くらいで、それが許嫁本人かは知らないが、彼女と交わす文があの頃の楽しみだった。  ある日、ふたりは父に呼ばれて応接間に顔を出した。 「お父様、御用とは何でしょうか」  室内には、既に客人が居た。見知らぬ男だ。異国の服を纏い、口許は一枚の布によって隠されている。金の眼はどこか鋭さを秘めているようであるが、穏やかさを湛えていた。 「……だれ?」 「柊月、口の利き方。……お父様、この御方は」 「彼はお前たちの新しい教育係だ」 「はい。私は黄泉(ヨミ)と申します。以後、お見知りおきを」  榎月は黄泉を見た。常人とは違う、何かを感じる。それに、前にどこかで会ったような気もした。視線に気付いた黄泉が、こちらに微笑みかける。その笑みは他意のない、純粋なものだった。  それからふたりは、黄泉から学問をはじめ、剣術、古武術、馬術と、長い年月の中で多くの事、王になるにあたり必要な事を教え込まれた。厳しくも優しい教育係は、ふたりから好かれていた。今までの扱い故に人嫌いを少し拗らせていた榎月でさえも、彼のことを気に入っていた。彼自身も、ふたりの教え子を可愛がっていた。  そんな彼が、ふたりを、国を裏切るなんて、その時は誰も思いもしなかっただろう。 □□□  あの事件が起こったのは、今から十年前。雨が降り頻る夏の日のこと。 「先生、来ないね」 「今日は新しい武術教えてくれるって言ってたのにね」 「柊月は本当に武術好きだね」 「ボクは強くなってだいすきなお兄ちゃんのこと守れるようになりたいんだ」 「……そっか」  柊月は退屈そうに窓の外を眺めた。外は鈍色が、空を覆い尽くしている。 「ね、榎月見て! なんか沢山の人が城に向かって来てる」 「え? 今日は祭日でもないでしょ……どうして」  榎月も柊月と一緒に窓の外を見た。確かに、大勢の人々がこちらに向かって進んでいる。よくよく見ると、彼らは武装していた。 「柊月」 「ん?」 「あれ、日輪朝の兵だよ」 「どうしてこっちに来てるの?」 「……知るわけないだろ」  榎月様、柊月様! と大声を上げながら、使用人が扉を開け放って現れた。 「ねえ。何かあったの?」 「今は分かりません。とにかくおふたりはここから避難してください。ここは危ないですから」 「ちょっと待って」  榎月は部屋の外へ連れて行こうとする使用人を止めると、寝台のすぐ傍に置いていた短刀を懐にしまった。 「どうして持っていくの?」 「柊月のこと護れなかったらどうするんだよ」 「榎月様、貴方がもし怪我でもしたら――」 「ボクも持ってく。これでいいでしょ」  護り刀として貰った短刀雪守を携え、ふたりは使用人と一緒に部屋を出た。  城の離れに着いた。 「こんな所があったんだ」 「ええ、ここの地下なら安全ですから」 「父様も居る?」 「ちゃんとここに居るように、と言伝されましたので」 「でも来る可能性はあるでしょ」 「それは……分かりません」  銃声。弾が使用人の頬を掠めて離れの外壁に当たった。早く入りましょう、と背中を押されるようにして離れの中へ入った。薄暗く、少し埃っぽかった。使用人は濡れた傘を扉のすぐ傍に置いて燭台に灯りを付けた。 「おふたりは地下で待っていてください。私は様子を見てきますので」  そう言って榎月に燭台を渡し、使用人は再び傘を持って外へ出た。 「……お兄ちゃん」 「うん?」 「ボクこわい」 「僕もだよ。それに嫌な予感がする」 「えっ……?」 「……いや、分からないけど。とりあえず地下で待っていよう」  燭台の灯りを頼りにふたりは地下への階段を下っていった。地下の一室は、少し埃っぽくて、所々に蜘蛛の巣が張っていた。 「絶対ここ掃除サボってるよ」 「仕方ないよ、ここでしばらく待ってなきゃ」  榎月は寝台に腰掛けた。地に着かない脚を揺らす度に軋む音がする。そのまま寝台に寝転がった。 ……いつの間にか眠ってしまったようだ。地響きと轟音で目を覚ました。 「なに、今の……」  轟音は尚も鳴り響く。榎月の小さな身体にも振動が伝わってきた。怯える柊月の手を引いて榎月は階段を上っていった。上の階に上がると、扉と窓が吹っ飛んで粉々になっていた。嫌な予感しかしなかった。この寒気は雨故のものか、それとも。 「……!」  気配を感じて短刀を抜いた。扉があった場所に、兵士が倒れこんできた。榎月は兵士にそっと近寄る。まだ死んではいないようだが、それも時間の問題だろう。 「そこに、……のは、榎月どの、か」 「喋るな、血が」 「……べ、つに、かまわん。……伝えたい、こと……あってな」 「?」 「いいか、これは……謀反だ」 「謀反?」  一体誰がそんなことをするのか。どういうことなのか兵士に問いただすと、兵士は、黄泉が皆を裏切ったのだと答えた。思考が停止した。信じたくないことだった。昨日まで一緒に居たのに。また明日、と言って約束したのに。これは何かの間違いだ。嘘だ。榎月はもう一度訊こうとしたが、兵士は既に事切れていた。  立ち上がり、振り返りざま柊月を呼んだ。柊月はそこに立ち尽くしたまま、カタカタ震えていた。 「やだよ……ねえ、夢だよね? もう、やだよ、ボク」 「ばか、僕だってこんな……信じたくないよ…………」  再び柊月の手を取り、兵士を跨いで外へ出た。雨はまだ、降り続いている。  外は雨の匂いと、硝煙の臭いと、鉄の臭いが入り混じっていた。ぬかるんだ土には大勢の人間が伏していた。赤黒い液が地面を染め上げている。込み上げてくる吐き気を抑え、進んだ。何処に行けばいいのか分からない。でもこの場からは抜け出したかった。 「榎月ぅ……」  震え声で柊月が榎月を呼ぶ。今にも泣きそうな声だ。 「うるさい、何も見るな、行くよ」  強引に手を引いて、城を目指した。 □□□  数多くの死体が城の前に積み重なっていた。兵士だけでなく、使用人や国の民も無造作に積まれている。まるでモノみたいに。自分のすぐ後ろで、弟が怯えている。宥めようにも宥められない。そろそろ限界が来ていた。ただ、手を握って引っ張っていくことしか出来ない。歯を食いしばり、黙って城の中へ踏み込んだ。  城内はひどく静かだった。静かすぎる。不安が増幅した。  憑かれたように榎月は部屋に入っては出るを繰り返した。柊月は置いて行かれまいと必死に榎月を追った。これは悪い夢に違いない。父か他の誰かに会えば、夢から覚めることが出来る。幼い心がそう信じ切っていた。所詮は子供の淡い期待だ。悪夢から覚める、なんてことは起こらなかった。  応接間の扉を開く。彼とふたりが初めて出会った場所。そこに、黄泉と父が居た。部屋中に、外で嫌になるくらい嗅いだあの臭いがする。父は不自然な格好でソファに伏していた。 「父様は、どうしたの……?」 「少し取引をしていてね。交渉決裂という結果に終わってしまったよ、惜しい器を亡くした」  黄泉の手から何かが落ちた。小刀が、血に染まっている。突きつけられた真実に、柊月は泣いて喚いた。その様子に、黄泉は顔を顰める。それを見た榎月は柊月の前に立ち、黄泉を真っ直ぐ見据えた。 「ああ榎月。君は素晴らしいね。父親が殺されているにも関わらず、君は冷静に柊月を守ろうとする態勢に入った。実に素晴らしい器だ」 「……裏切ったの?」 「ああそうさ。外を見たろう? あちこちで内乱が起きて皆殺し合っているよ。そうするよう()()仕向けたのだけれど、やはり宗教絡みで戦争を起こすのは楽だね」  状況を楽しんでいるようにも見える。人が変わったようだった。 「さて、この国は彼が愚かだったせいで滅ぶわけだが。君はどうかな?」  黄泉は品定めをするような目つきで見つめながらゆっくり榎月に近付く。榎月は咄嗟にベルトに差していた短刀を抜いて構えた。 「来ないで」  構わず黄泉は近付いてきた。 「榎月。君なら()()考える理想の王になれる。……どうだい、こっちに、」 「……はい、とでも言うと思う?」  柄を握る手に力を込めた。 「……君はここで終わるべき器じゃない」 「うるさい……!」 「後ろで震えている腰抜けなんて見捨ててしまえよ。彼を守る為にそれを持っているのだろう?」 「黙れ……!」  この短時間で起きた出来事が多過ぎて頭が混乱していた。もう何を信じれば良いのか分からない。後ろに居る柊月を護ることで精一杯だった。  黄泉に向けて得物を振るう。黄泉は易々と避け、榎月をソファの方へ突き飛ばした。背中に来る衝撃に息が詰まる。酸素を求めて喘いだ。視界の隅で、赤い何かが見えた。見たことのないものだった。赤い何かは柊月目掛けて飛んでいく。嫌な予感がした。気付けば身体は柊月に向かって駆け出していた。柊月を突き飛ばし、赤い何かは熱を纏って榎月の背を襲った。焼ける音、嫌な臭い。赤い何かの正体は、黄泉が放った炎の魔法だった。  柊月が泣きそうな顔でこちらを見ている。彼は無事だった。良かった。……安堵感ののち、痛みが背中に襲いかかる。 「ああ、王族の証である刺青が焼けてしまったねえ。庇わなければ良かったのに」 「……っ!」  柊月の眼に殺意が宿るのを見て、榎月は咄嗟に手を引いた。下手をすれば殺されてしまう。そう思った故の行動だ。 「ああ、榎月、正しい判断だよ。でなければ……」 「榎月? 榎月ッ‼」  意識が遠のく。声が、叫びが遠く聞こえる。そこから先のことは覚えていない。目を覚ますと、どこか知らない小屋に居た。数日間眠っていたらしい。柊月によると、黄泉はそれ以上は手を出さずにどこかへ去ったらしい。その後生き残っていた使用人と合流の後に国を抜け出し、国境の森の中にあるこの小屋に避難したようだ。焼け爛れた背中は使用人の適切な処置のお陰で大事には至らずに済んだ。  それから国が亡んだ事を知ったのは、間もない頃のことだった。

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 元王宮魔導士は我が道を征く〜前に出たがる姫のサポートをしていたら無能と呼ばれ王宮を追放されたので、旧友たちと栄光を掴むことにした〜

    ざまあ系ファンタジーの幕開け!

    91,678

    470


    2021年5月10日更新

    「––貴様のような無能はクビだ」 その言葉で、王宮魔導士として姫に仕えていたアルフレッドは追放されてしまう。 今まで積み重ねてきたものを否定され、抜け殻同然となった彼の前に現れたのは魔法学園時代の友人だった。 差し出された手をとり、アルフレッドは再び立ち上がった。 こうして、一度全てを失った元王宮魔導士の物語は確かに動き始めた。 一方、姫はアルフレッドを失ったことで、次第に歯車が狂い始めていた。 自分がしでかしたことに気づいた時ときには、もう何もかも遅かったのだ。 戻ってこいと懇願しても、その声が届くことはなく。 ––冒険者のてっぺんになる。 今度こそ、友人たちと思い描いた夢を叶えてみせる。 はみ出し者同士で集まったパーティー、ロードオブグローリーで栄光を掴むと決めたのだから。

    • 残酷描写あり

    読了目安時間:2時間11分

    この作品を読む

  • 砂川見聞録(「SAKΔⅠ」エクストラストーリー)

    「――砂川鞠は、笑わない。」

    3,600

    0


    2021年5月13日更新

    ※本作品はスタジオメッセイ制作「Δ」シリーズのフライングスピンオフ作品となっています。あろうことか未完成な本編へのリンクはいつか載せます。なお、本編など知らずともそこそこ読めるよう配慮はしているつもりな所存です。 ※本作品にはオリジナルホームページが存在します。 (https://sunakawa.studiomessay.jp) ※本作品はエブリスタ・アルファポリス・オリジナルHPなどとの重複投稿作品となります。 ※本作は挿絵(イラストというか落書きというか)があります。クオリティと数には期待しないでください…。 【「砂川見聞録」あらすじ】 ――平保31年度の紫上学園が始まる。 軽めの学力至上主義に突入していたこの学園では、学力が証明されれば多彩な恩恵が学生に与えられる。 その最たる恩恵。紫上学園究極の栄光こそが、生徒会。 紫上学園の万事を創り、裁き、与える権限すら持つ学園至上の学力所有者の集まり――紫上会。誰もがその頂点、すなわち会長の座を求め勉学に励んでいた。 「……風景が、違う」 この春、平穏を求めた砂川鞠はそんな紫上学園に転入する。 「――君の道を、お姉さんがぶち壊してあげる♪」 彼女を傷付けた過去を背負い。 「会長になった俺が、やってみせる。鞠会長のことを――幸せに、してみせる」 「お前みたいな、とんでもない奴に合わせられるのは、俺ぐらいなんだからよ」 「貴方を裏切るような真似はしてはならない。だから、俺は……振り返りません」 「僕は、本当にこうしたいと思っている。貴方の道を歩みたいと焦がれている」 彼女を阻む幾百の敵と対峙し。 「――私が、全部やる」 砂川鞠は、道を之く。 ――砂川鞠は笑わない。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:9時間58分

    この作品を読む

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 世界の缶詰

    闇から氷までの語られなかった物語

    1,100

    0


    2021年5月14日更新

    こちらの短編小説集は本編【巡る星々の物語(うた)~全ては「僕」のために~】https://novelup.plus/story/411315390の番外編を集めた物語となっております。本編をすべて読んでいないと分からない内容も含まれておりますので是非先に本編の方を完読することをお勧めいたします。こちらは闇の少女~東西物語までの番外編です。連載物だったりそうじゃなかったりと色々です。世界が一つの缶詰にギュッと詰まった感じのイメージでお楽しみいただければと思います。こちらはエブリスタ様にも掲載しております。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:2時間44分

    この作品を読む

  • 人見知りなので石に転生しました

    人との関わりっていいですよね。

    90,600

    100


    2021年5月14日更新

    【 あらすじ 】 石田欣二(いしだきんじ)は冴えない内気な高校生。 学校からの帰り道にて、神の使いの不祥事により、突然の事故で命を落としてしまった。 神様から転生の機会を与えられ、どのような生き物にでも、どのような世界のでも転生できると告げられる。 人間関係に苦手意識を持っていた石田は、誰とも関わらずに過ごせるよう、石になって異世界で生きたいと神様に願う。 俺なんかどうせ系ファンタジー。 ※他のサイトに投稿されている『誰とも関わりたくないのでただの石に転生しました。実はオリハルコン仕様のLvカンスト最強ゴーレムだったけど、だからって何かしたいわけでもありません』は、本作品と同じ内容、同じ作者の作品です。

    読了目安時間:15時間51分

    この作品を読む