アカ Lost Color

読了目安時間:8分

第五話

「……最近は随分と賑やかだよね。祭りでもやるのかな」 「何言ってんのよあんた。近々、女王様がいらっしゃるのよ?」  数日後、情報屋はマスターの店に足を運び、情報収集を行っていた。マスターの返答に対し、ふぅん? と興味が無さそうに水の入ったグラスを傾けた。 「……で、今日もこれからお仕事?」 「うん。まあそんなとこかな」 「随分愉しそうじゃない」 「そうだね、楽しみではあるかも。……じゃ、この辺で」 「また来なさい」 「はいはい」  行きつけのバーを後にして、情報屋は裏通りへ繰り出した。行き先は、あの娼館。ほんのりと灯りが付いている。高級店なだけに警備の者も居る。この間も見かけたように彼らはただただそこに立っているだけだった。 「……どうも」  何と声をかければいいのか分からず適当に話しかけてみた。黒髪の短髪の男がこちらを見る。蛇のような眼をしている。 「……この前こちらに世話になった者で」 「ああ、椿に連れられてた」  覚えられていた。我ながら少し恥ずかしい。 「まあ別にどんな用であろうと貴方は問題ありませんよ。まさか声掛けられるなんて思いもしませんでしたけど」 「……えっ」 「我々はただ見張りをしているだけでしてね。普通に入って良いんですよ、高級とは銘打ってはいますが出入りはその辺のとこと変わりないですから」  素通りして良かったらしい。榎月は何だか恥ずかしくなった。中へ入ると、女将が奥で寛いでいた。 「あら、この間の。客として来たのかしら?」 「いいや。ちょっとこっちの仕事でね」 「あら。何のお仕事?」 「情報屋だよ。……最近はわりと何でもしてるっていうか」 「へぇ、人って見かけによらないのね」 「……ええ、まあ」 「面白いひと。で、何を聞きたいのかしら」 「貴女が知っている限りでいい。裏通りの近況を聞きたい」 「あら、そんなのでいいなら幾らでも話せるわ」  裏通りは相変わらずといった様子らしい。変わったところと言ったら組織がひとつ何者かによって壊滅した程度。他国が視察に来るといって何か不穏な動きをしているようにも見えなかった。それもそうだ。ここは自分が良ければそれでいい人の集まりで、彼らは国や政治などへの関心もない。彼らが戯れに王族を暗殺しようものなら神官直々に罰が下る。殺す前に殺されるのだ。そういったわけでここの人間たちは無闇に「あちら」に手出しをしない。手出しさえしなければ、死ぬまで快楽に浸ることが出来る。そのように成り立っていた。 「それはどうも。礼は弾むよ、前に世話になったし」 「義理堅いのね」 「一応取引だから」  代金を渡し、娼館を出ようとした時だった。階段を降りる音が聞こえ、そちらを向く。あの時の彼女が居た。 「あら、貴方は」 「こんばんは」  あの時聞いた話を思い出す。本当にあの人であったとして、どんな顔をして話せばいいのか分からない。それ以前に確認のしようも、確かめる勇気もなかった。 「女将、彼を連れていっても良いですか」 「どうぞ」  女将から許可を得て、本人には何も言わずに椿が情報屋を部屋に連れ込んだ。 「何か僕に用でもあった?」  月明かりだけで照らされた、少しばかり狭い部屋。此処で彼女は男を悦ばせているのだろう。そう思うと何だか複雑な気持ちになる。 「あの……前に、名前聞いてなかったですよね。その、貴方の」 「僕? 情報屋だよ」 「……情報屋?」 「そ。悪いけど、本名を明かすわけにはいかなくてね。そんなことより、こんな所に僕を連れ込んで良かったの?」 「……?」 「君と僕の立場、分かってるでしょ」 「それは……」 「一応釣りが出る程の額は渡してあるからね。多分僕が君を抱いても事足りるよ」  その気になれば目の前の小娘くらい押し倒してしまえる。恐ろしいことに彼女にはそんな危機感がない。あの時も、そうだった。 「……冗談」 「だろうと思いました」 「嫌いになった?」 「いいえ。好きですよ」 「光栄だね。でもそれ、誰にでも言ってるんでしょ」 「いやだ、私相手にそんな、光栄だなんて。確かに仕事で何度も好きとは言ったけれど、今は営業時間外ですから」 「僕なんかに本気になってくれるの? ……いや、調子に乗りすぎかな」 「いいえ。貴方とは長い付き合いになりそうですし。そう思っていただけると私も嬉しいですわ」 「言ってくれるね」 「ふふ。……それじゃあ、情報屋、さん。また来てくださいね。待ってますから」  仄かに香る花の香に、揺らぐ筈のない心が揺らいだ。 □□□  彩より南東に位置するところにその国は在った。島国レヴィア。レヴィアの国王クラウディアは近々彩を訪れ、ある目的を果たそうとしていた。 「女王、ただいま戻りました。出航は明後日になるとのことです」  国の中央に聳える宮殿の執務室で、従者のジェラルドが跪き報告をする。クラウディアは執務椅子から立ち上がり、窓際に立った。 「ありがとう、ラルド。……この天気じゃちょっと厳しいか」  窓の外はあいにくの雨。船出するにはもう少し待ったほうが良いだろう。 「そうですね、大事をとって遅らせたほうがよろしいかということでしたので」 「そうだな、正しい判断だ。……そういえば、彼はどうしてる?」 「ああ、柊月(ヒヅキ)殿のことですか。先ほど離れに向かったのを見かけましたよ」 「そうか。ここに呼んできてもらえるか。話をしておきたい」 「御意」  ジェラルドは柊月が向かっていた離れへと足を運んだ。柊月は書斎で本を読んでいた。行違うことなく会えたことにジェラルドは安堵する。 「こちらに行かずとも言ってくださればお持ちいたしますよ」 「何もしなくていいって言われるとなんかむず痒いんだよね……」 「柊月殿は女王を助けてくださいましたから。これ以上のものを望むわけにはいきませんよ。それに貴殿は特別な食客としてご案内しておりますので」 「……そうなんだけどさ。で、何か用があってボクのところに来たんでしょ?」 「ええ。女王が此度の件でお伝えしたいことがあるそうです。来ていただけますか」  柊月から了承を得て、ジェラルドは彼と共に女王の居る執務室へと戻る。戻る道中、ジェラルドは柊月の持っている本の表紙を横目で見た。亡国となった(コウ)という国に関する書物だ。 「そちらの本は」 「これ? ボクの国には王族だけが習得する術があるって話、前にしたと思うんだけど」 「あぁ、幻術でしたっけ。魔術とは違う原理なのだとお聞きしましたね」 「そう。キールさんが本を持ってきてくれたんだ」  キールというのは女王に仕える者のひとりで、彼は魔術に長けているだけでなく、この世界の国の歴史にも精通している。故に宮殿内の蔵書に関しては彼に一任しているし、彼自身も本の内容を覚えているからレヴィアの生き字引として重宝されていた。 「柊月殿は幻術のことはあまり存じていないのですか」 「ボクは序列二位だからあまりそういうのは教えて貰えなかったんだよね」 「王族の者全員が習得出来るものではなかったのですか」 「うーん、ボクの場合はボクが身体が弱かったっていうのと、お兄ちゃ……榎月(カゲツ)がすっごく出来る子だったからボクが習得する必要がなかったんだ」 「……柊月殿は、ご兄弟に対して劣等感を抱くことは」 「なかったよ」 「即答ですね。大抵の方は何かしら不満に感じるでしょうに」 「ボクは榎月のことが大好きだから。そうあるのは当然だと思ってる」 「お兄様のことを大切に想っていらっしゃるのですね」 「うん。……だからこそ、はやく傍に居てあげたいんだ」  会話しているうちに、女王の居る部屋に到着した。 「心の準備はよろしいですか?」 「大丈夫だよ」  ジェラルドは執務室の扉を開け、中へと誘った。応接の準備が既に出来ていたようで、ソファでクラウディアは紅茶を淹れて待機していた。机に積まれていた書類は先ほどよりも片付いてきていた。 「ラルド、ご苦労だった」 「珍しいですね、貴女が準備してくれるなんて」 「ひどいなあ、私だってやる時はやるさ。……さ、席に座ってくれ」  クラウディアに促され、柊月はソファに座った。一度腰を下ろせば立ち上がるのも億劫になるような座り心地だ。 「女王様、伝えたいことって?」 「ああ、今度の彩の件なんだが」 「この天気だと厳しいから延期ってことになるかな?」 「その通りだ。明後日になれば出航出来るそうだから、もう少し待っていてほしい。……見つけ次第、すぐに戻る」 「ああ、それに関しては大丈夫。榎月さえ見つかればいいんだ」 「努力する。……で、確認なんだが彼の見た目の特徴についてもう一度教えてもらえるか」 「榎月はボクと同じく色素が薄いから目立つと思うよ。あとボクと似ているから分かりやすいだろうし……」 「いや、情報は出来るだけ多いほうがいいだろう。間違いも防ぎたいし」 「……あ、背中に刺青入れてる」 「……刺青?」 「珖の王族は身体のどこかに紋章の刺青を入れるきまりになってるんだ。榎月のは分かりやすいと思うよ……いろんな意味で」 「ではそれで本人ということを確認すればよさそうですね」 「そうだな。ありがとう、柊月」 「ううん、礼をいうのはボクのほうだ。本当に助かってる」 「ふふ、兄弟想いなのは良いことだと思うぞ。……ところで見つかった後はどうするんだ」 「とりあえず話を聞いて……そのあとどうするかはボクの一存では決められないな。榎月の意見も尊重したいし」 「そうか。……その、君たちさえよければ長期間滞在しても構わないからな」 「女王、寂しいんですか?」 「そ、そんなわけないだろ?! ……とにかく、そういうことだから。話は以上。いいね」  慌てるクラウディアの様子にふふ、と笑いながら柊月は片割れのことをずっと考えていた。話が終わり、客室に戻る。ここに来てから一年近く経つ。片割れを探しにたまたま立ち寄った国で、クラウディアを助けてからもうこんなに経つのかと思うと片割れは今も元気でいるだろうか、と不安になる。片割れの捜索を彼らに依頼してからというもの、様々な情報が飛び込んできて居ても立っても居られないのだ。本当なら一緒に彩へ同行したいところだが、船の定員の都合上そうもいかない。 「……榎月、」  窓の外を眺めながら呟いた。呼べばすぐに聞こえる声は、今日も聞こえない。

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