アカ Lost Color

読了目安時間:6分

第十話

「……ああ、もう」  色々思い出したら頭が痛くなってきた。榎月は立ち上がり、正面でずっと突っ立っている柊月を突き飛ばして無理矢理にでも扉を開けてここから出ようと試みる。が、数歩踏み出したところで全身の力が抜けるような感覚に陥り、その場にへたり込んでしまった。 「……榎月?」  心做しか身体が怠い。感じている熱はこの国の気候ではなく、体内から発しているものなのではないか。 「ちょっと、しっかりして……って熱あるじゃん、なんで(なん)にも言わないの」 「……え」  顔に触れる柊月の手がやけに冷たく感じる。自分が体調を崩したのだと理解した。  朦朧とする意識の中、榎月は用意されていた部屋に寝かされた。暫くしてクラウディアの侍医が来て、風邪を惹いたのだと伝えられた。 「はやく気付いてやれなくて済まなかった」 「……別にあんたが気にすることでも」  天蓋付きのベッドとリネンのシーツは確かに上等のものだった。どうしても寝付けなかった。 「強引だったとはいえ君を連れてきたのはこの私だよ? 君は客であり高貴な身の上なのだから」 「……だから今の僕は下賤な立場であって、」 「君は自分のことをそう言うけど。自分を落とすような発言は控えるべきだね」 「……」 「君一人の身体だ、大事になさい」  そう言い残し、クラウディアは部屋を出た。ひとりで泊まるには無駄に広いこの部屋。思えばちゃんと休めた日が最近なかった気がする。雨に打たれたあの日は、ちゃんと自分を世話してくれた人が居たから……。大きく息を吐いて、目を片腕で覆った。熱で頭がふわふわしている。もう何も考えたくなかった。  意識が下降していく頃、扉の開く音がした。誰、と問う気力も無ければ起き上がって扉を見る体力も無かった。足音は恐る恐るこちらに近付いているようで。 「榎月」  部屋に来たのは柊月だった。重たい瞼を開けた。 「……」 「ごめんね」  謝る必要なんてひとつもない。寧ろこちらが謝る方だというのに。どうして彼は哀しそうにするのか。わからない。 「ボクが我儘だったから。……疲れてるのに無理矢理連れ込んで、嫌な思いさせたから」 「……悪くないでしょ、あんたは」 「そうやってボクのこと庇ってくれたの、何度かあったよね」 「……知らないよ、そんなの」 「榎月が寝るまでここに居るから」 「……」  もう、勝手にすればいい。榎月は息を吐いて、そのまま目を閉じた。  昏々と寝ていた。目が覚めた時には静寂と夜の帳に包まれていた。部屋に戻ったのか強制的に帰されたのか、柊月は居なかった。段々目が暗闇に慣れてきた。部屋の隅で誰かが腕を組んで立っているのが見える。 「……やあ。よく眠れたかい」  榎月の視線に気付いたようだ。部屋の隅に居たのはキールだった。 「……何の用?」 「まぁまぁ、そんなに邪険にしないでおくれよ。弟くん? もちょっと疲れてたみたいだから部屋に戻ってもらったよ、安心して」 「……そう」  燭台に火が灯る。目に見えるものの輪郭が明確になってきた。 「君、最近ちゃんと休んでいたかい」 「……多分」 「不規則な生活に慣れない船旅が重なって、きっとついていけなくなったんだ。自分の身体は労わらないと駄目だよ」 「……知ったような口を」 「うん? 僕は何でも知っているよ。君のことも……君がかつて住んでいた国のことも」 「……気持ち悪。ああ、だから柊月も僕の色んなこと知ってたわけ? 勝手に話すのもどうかと思うけど」 「そうだね。僕は歴史を記録することと、それを観測するのが趣味みたいなものだから」  キールは燭台をサイドテーブルに置くと、榎月に掛けられていたシーツを掛け直した。 「ところで君はもう少し、他人に甘えるべきだと思うよ」 「何、いきなり」  子供を寝かしつけるような、優しい手。魔法にかけられたみたいに瞼が重くなった。 「おやすみなさい。良い夢を」  ……その言葉に、声音に不思議と懐かしさを覚えた。 □□□  夢を見た。昔の夢だった。  一度だけ、柊月に内緒で亡国と変わり果てた故郷を見に行ったことがあった。焦土と化し、そこらじゅうに人だったものが散らかっていた。目も当てられない光景だった。生家も、美しかった街並みも、もうそこにはない。息の詰まるような思いで焦土を歩き回った。あいつさえいなければ。なにもかも変わることなど無かったのに。  泣きたくなる衝動を堪え、彼に必ず報いを受けて貰うことを誓った。 □□□ 「おっはよー兄ちゃん! 朝やでぇ!」  喧しいモーニングコールだ。渋々身体を起こした。 「……ほんと元気だね」 「兄ちゃんぶっ倒れたって聞いて心配したんやけど」 「心配しているようには見えないけど?」 「ひどいわぁ。……今日は元気そうやね、熱引いたっぽいし」 「……ん」  全身を包むような気だるさも、火照るような熱さもない。確かに熱は引いたようだった。本当に魔法にかけられたようだ。 「どないしたん? まだ怠いようなら……」 「大丈夫だから」  ベッドの横に置かれていた、折り畳まれたいつもの衣服に着替えて榎月は部屋を出た。グレイシアも彼のあとに続く。親を追う子どものようだ。 「今日は何するん?」 「用があるのは君たちのほうじゃないの。でなきゃ僕がこの国に連れ込まれた意味が無い」 「そらそうやな。理解が早くて助かるわぁ」  へらへらと笑いながら、グレイシアは榎月をある場所へと案内した。重厚な扉の部屋。そこが何処なのかは、言われずとも察することが出来た。 「唐突にここに連れてこられるとはね」 「連れてけ言うたのは兄ちゃんやろ」 「まあ……そうだけど」  扉を押して部屋に入る。女王とその従者が待っていた。 「よく来たね。まだ寝ていて良かったのに」 「寝たら治ったので。……それで? 本題は何?」 「君の両親と、国を亡ぼした奴のことで……ね」  全神経が反応した。昨晩のキールの言葉が正しければ、全ては彼らに知られている。下手な受け答えはすべきではないだろうと、榎月は判断した。 「あぁ、あんなぁ、兄ちゃんのことはぜーんぶキールから聞いとんねん。……色々知ってるから、下手に誤魔化さんといてね」  彼女の陽気な声音に少しの脅しが見える。予測出来ていたことだし、そもそもこの場には味方はひとりもいない。大人しく従うが吉だろう。 「さ、どちらから聞きたい?」 「……両親のことなんてもうどうでもいい」 「薄情だね」 「どのみち利用されるだけだったんだから、今更……」  今更、何を聞いてももう遅い。せめて家族の話は触れないでほしかった。 「……そうか。じゃあ君の仇敵について話すことにするよ」 「……黄泉がどうしたの」 「奴の居所、知りたいだろ」 「……は、」  自分が今まで知らなかったことを、目の前にいる女は知っている。自分の、今までの業は何だったのか。 「……わけ、わかんない。……どうしてあんたなんかに先越されたの……僕が馬鹿みたいじゃん…………」  誰かを頼っていれば、自分は多くを喪わずに済んだのだろうか。今となってはもう遅いが。 「どうだかな。妄執してたからじゃないか?」  妄執。確かに復讐することだけを考えていた。欲がない奴に運はついてくるものだ、と昔マスターに言われたことを思い出した。 「……なるほど、ね」 「兄ちゃんシッカリしぃや。私らも黄泉のこと追ってたんやで、色々あって」 「ああそう。……で、どこに居るっていうわけ?」  クラウディアの口から黄泉の居所を知らされる。そこは、聞いたことのある、榎月の知っている所だった。

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