忘却のアイオーン

読了目安時間:7分

アイオーンと人と

 新宿にあるMMPSAの東京事務所で一人でデスク仕事をしていた奏のスマホがSMSの着信で震えた。奏がスマホを操作して内容を見ると翔子が絵里奈を家に送った後、事務所には寄らずに帰るとの連絡だった。 「翔子ちゃん、藍沢さんと仲良くしてくれているみたいね」  奏にとって翔子は普段明るく振舞っている分、誰よりも儚いイメージがあった。 (出会った頃からは想像できないくらい明るいけど……無理してないか不安なのよ、翔子ちゃん)  奏は気を付けて帰るようにと変身した後、仕事への再開した。奏は日本で発生している『デミウルゴス』が原因と思われる事象を取りまとめた報告書を作成している最中だ。本部がアメリカにあるため全て英語での報告書となるが奏は苦にする様子なくパソコンで報告書を書き上げていく。  事務所には奏以外に姿はなく、キーボードを叩く音と空調の音だけが静かに響いていた。  区切りの良い場所まで書き終えた奏は椅子に背中を預けて大きく伸びをする。椅子の背もたれが曲がる音がフロアに響いた。 「一人で仕事とは大変ではないか?」  ふいに聞こえてきた声に奏は反射的に腰からテーザー銃を引き抜き、声がした方へと向け構える。 「驚かせたか?」  声が聞こえた方のデスクの上にオクタが犬がお座りをするような体勢でいた。 「そういえばあなた達がいたわね。気配が薄いから忘れていたわ」 「忘れるのは仕方ない。我々はそのような存在だ。しばらく会わなくなれば我々の事は再び出会うまで忘れてしまうかもしれないな」 「私達は大丈夫なんじゃないの?」 「『デミウルゴス』に関することは問題ない。だが、我々『アイオーン』についてはまた別なのだ」 「まだ……私達に話していないことがあるみたいね」 「ある。隠しているわけではないが話す機会がないものでな」 「じゃあ、今話して。他の皆には私から伝えるわ」 「それまでに忘れないとよいが……」 「話す気があるの? ないの? どっち!?」 「そこまで敵意を向けなくてもよいだろう?」 「元近君や上層部が協力することにしたのはいいわ。貴方達が『デミウルゴス』を倒してくれるならいい事だものね。でも、それでも私はそもそもの原因を作った貴方達が……嫌いなのよ」 「原因を作ったのは今は亡きアトランティスの人々だ。我々『アイオーン』ではない」 「でも私は……嫌いなのよ」 「ならばその怒りを向ける先となろう。先ほど原因ではないと言ったが関りはあるからな。人のためになるならそうしよう」  受け入れるというオクタの言葉に奏は構えていたテーザー銃を下ろした。 「人のためってそれは貴方達の意思なの?」 「我々を作った科学者達の命令、いや、願いだ。私は託されたのだ」 「託されたって……人間を守れと言われたの?」 「私を作った科学者は人を助けて欲しい、救って欲しいと私に言った。私はそれを果たしているに過ぎない」 「命令通りってわけね。ロボットみたいね」 「その認識で間違いはない。私は量産された存在、しかも初期型だ」 「貴方達って今何体いるの? 数を減らしているって聞いたけれど」 「製造は千四百二十七体。現存する稼働個体は六百二十三体だ」  全世界に約六百体。一個の種とすれば絶滅危惧される数であった。 「元々の半数以下……頼りない数ね。加えてその中でも戦えるのはさらに半分なんでしょう?」 「そうだ。加えて一個体辺りの損耗度が高くなっている。自己治癒能力は備わっているが限度があって、限界値を超えている個体もいる」 「あなたは大丈夫なの?」 「幸いな。朔斗が優秀なおかげだ。想定内の損耗で抑えられている」  奏は朔斗とオクタが一時的に寝床として使用しているパーテーションで区切られた区画に視線を向ける。その区画には簡易ベッドとソファとテーブルが置かれており、オクタの要望である新聞や情報誌がテーブルの上に積まれている。 「朔斗君はどうしているの? あなたがいるってことは彼もいるんでしょ」 「朔斗は寝ている。今日は一日外を走り回っていたからな。それに久しぶりのちゃんとしたベッドだ。眠りやすいのだろう」 「これまでどういった生活をしてきたのか気になるわね。朔斗君の服とか清潔とはいえないし」 「服については捨てられていた物だからな。勘弁してほしい。一応洗濯はしているぞ」 「お風呂とかには入れているの? この前は元近君が少し無理やりお風呂に入れていたけれど」 「気分転換に稀に水浴びをするくらいか……手は食事前に洗うように指導しているが」 「……大事なパートナーなんでしょう? だったらもう少し彼の健康には気を付けてもいいんじゃない? 清潔は健康に大事なことなのよ」 「肝に銘じておこう。『アイオーン』と契約している朔斗は普通の人間とは違う存在となっていて病気などとは無縁なのだが、清潔にしておくことには損はない。これからは今までより多くの人と関わっていくだろうし」 「ちょっと待ちなさい!」  オクタの言葉を奏が強い声で遮った。オクタは何か怒らせるような発言をしたのか思案したがそれが何か分からなかった。 「今、朔斗君について人間とは違う存在って言ったわよね。どういうこと? 普通の人には認識されない……だけじゃないの」 「その件については先日説明が出来なかった所だな。せめて元近が一緒の時に話をしたい内容だ。彼が責任者なのだろう?」 「ええ、そうよ。元近君をということは重要な内容なんでしょうね」 「重要だ。この前の話は過去の出来事だが、これは現在、未来に関わる出来事だからな」 「……分かったわ。元近君とスケジュール調整をしておくからその時はちゃんと話してもらうわ」 「もちろんだ」  奏はさっそくスマホで元近にオクタとの話し合いをする予定をメールで送った。返信はすぐには返ってくることはないと奏は再び報告書作成へと戻ろうとしたが、オクタが奏のデスクの上に上がってきた。 「なに? 仕事中なんだけど」 「こちらからも一つ質問をしても良いか?」 「何かしら? 紀元前から生きてる貴方達の質問に答えられる自信はないけれど」  嫌味交じりの奏の質問をオクタは気にした様子もなく長い尻尾を機嫌良さそうに振っている。 「ネットサーフィンをしてみたいのだが?」 「は?」    オクタの意外な質問に奏はマウス操作を誤って報告書を書いていたソフトを消してしまった。 「あっ……」 「どうした?」  消してしまった事実に気付いた奏は冷や汗を背中に感じながら再びソフトを立ち上げるとそこには数時間前に保存した内容までが記載されていた。 「はぁぁぁ……こんな下らないミスしたのはチェニジア以来だわ」 「チュニジア……北アフリカにある国だな。日本からは大分遠いはずだが、そんなところに行ったことがあるんだな」 「あなたに話す事じゃないわ。で、ネットサーフィン? なんで?」 「情報収集だ。私は今の科学技術に興味があってな。今までは人と関わりを持てなかったことから興味はあっても触ったことはないのだ。せいぜい言葉として聞くか他人のそれを見る程度でな。ちなみに奏が触っているパソコンも私は今までロクに触れたことがない」  オクタは左右の前足を高く掲げるとキーボードを叩くような動作をしてみせた。 (かわいい……はっ!?)  奏はふいに込み上げた感情を振り払うように首を左右に振る。 「ネットをやりたいなら余っているパソコンで。って起動方法とかも分からないわよね」 「見よう見まねであれば可能だが、一度説明してもらえると助かる」  奏はフロアの端にあったラックからノートパソコンを自席に持ってくると起動してオクタに渡した。 「マウスは分かるわね。これで操作してこのアイコンをクリック。そうすればネットサーフィンができるわ。という今でもネットサーフィンって言うのかしら」 「感謝する」 「変なサイトに行かないでね。セキュリティ関連はあまり得意ではないんだから」 「変なサイトとは具体的にどのようなものだ?」 「……あなたには無縁だったわね。あまり気にしなくていいわ。駄目な所には行けないようにセキュリティかけているから」 「承知した」  その後、オクタは奏が報告書を書き終えるまでネットサーフィンを楽しみ、奏はネットで得た情報に一喜一憂し動くオクタの尻尾に不覚にもまたカワイイという感想を抱いてしまい、結果報告書作成が予定より大幅に遅れてしまった。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 【R·O·S·E】

    剣の学園、深層で始まる少女の復讐劇。

    38,300

    60


    2021年6月13日更新

    異物の異郷【ミスティルテイン】剣聖学園。 毎年、何百人もの入学生を迎える世界の中心にある剣の学園へ入学した女性【リディア・ローズ】は異郷での六年間を開幕させる。 不安定な安寧、不特定な混沌が蠢く世界の中心で、墓標に朽ちた【極剣】と新たな【極剣】を携え、復讐の華を咲かせる。 許しなど必要ない。自分にも誰にも、世界にも。 最低の選択でもいい。それで未来を一滴たりとも残さず奪えるなら。 九年前に平凡な未来を奪われた少女が、今度は未来を奪う。 なんて事ない平凡を失った、滑稽な復讐劇。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 2021/04/24 にて【R·O·S·E】は一旦〆です。 エピローグに 後書き がございますので、そちらも読んでいただけると幸いです。

    読了目安時間:4時間16分

    この作品を読む

  • 彼女と彼の、微妙な関係?

    極普通の恋愛物です(キパ

    16,100

    510


    2021年6月10日更新

    ★表紙イラストは「ガン見してぅるメーカー|Picrew」にて作成させていただきました。7話には同様に、誌愛のイラストがあります。 自称ごく普通の平凡な女子高生、黒河(くろかわ) 沙理砂(さりさ)は過去のトラウマから、男嫌い、男性恐怖症の気があるのだが、ある日いきなり背の低い下級生、神無月(かんなづき) 全(ぜん)に告白されてしまう。 どうなる?どうする?歳の差、背の逆差のある二人の微妙な初恋ストーリー。 基本、一人称で、彼と彼女、どちらかの視点で話は進みます。 これは、同作者の剣恋のパラレル・ストーリーでありますが、基本的にあちらとはまったくの別物、関連はありません。 現代風日本の普通の恋愛ものです。あちらを読まずともまったく問題なく読めます。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:51分

    この作品を読む

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • gift ~迷子羊への贈り物~

    少年が人外へ贈り物を探すお話

    100

    未参加


    2021年6月14日更新

    記憶を失っている少年が、助けてくれた羊の人外へ贈り物を探すお話。 身内宅用に自作したTRPGのシナリオを基としたお話です。 毎回タグに悩んでいるのですが、今回は一層悩みました。自分で自分が分からない。

    • 残酷描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:14分

    この作品を読む

  • 今からアントワネットを救いに行くわ!

    楽しく書かせていただきますね

    100

    0


    2021年6月14日更新

    マリー・アントワネットをそそのかした悪名高いポリニャック伯爵夫人! 彼女がまるでたかりのようにアントワネットにフランス国庫のお金を出させていた。 アントワネットの母、マリア・テレジアは死んでからも、末娘のマリー・アントワネットのことを思い、自分が使っていた扇に魂を宿し、 21世紀の今、歴史を変えて娘を助けてくれる人物を18世紀に送り込もうとする。 マリア・テレジアが選んだのは、美貌を誇るハリウッド女優3人。 その理由はアントワネットの気質を知っていたから。 実はアントワネットは、今で言えば女子会好きで、 綺麗な先輩のいうことをつい聞いてしまう、そんな性格。 母親としてアントワネットの弱点を突いてきたのだ。 果たして、ハリウッド美人女優たちは、18世紀に行けるのか? そしてアントワネットを救うことができるのか??

    読了目安時間:4分

    この作品を読む