忘却のアイオーン

読了目安時間:6分

救出劇Ⅰ

 鼻先から角を生やした四足の白い生物が白い霧で包まれた空間の中央に突如として姿を表した。大きさは牛ほどで見た目の姿も鼻先の角以外は酷似していた。  気が付いた時には白い霧に囲まれていた人々は状況を理解できないままに現れた生物を見ていた。生物は上空に向かって錆びた扉が閉まるような甲高い声で一鳴きすると首が向いていた方へ居た一人の女性に向かって駆け出した。牛のような外見から鈍足だという認識はその場にいた全ての人がすぐに改めた。瞬きする間に女性に接近した生物は鼻先の角で女性の胴体を貫いた。  女性の手荷物が地面に落ちると同時に人々は悲鳴を上げながら白い霧の中を駆け出していく。目の前の危険から逃げようとする当然の行動であったが、生物『デミウルゴス』にとっては自分の胃袋の中を走り回るだけの獲物を捕まえる狩りの始まりの合図でしかなかった。  牛のような『デミウルゴス』は鼻先の角で差した女性を体から霧を放出して包み込む。霧は女性を包み込むと鼻先に吸い込まれるように小さくなって消えてしまった。女性の姿はどこにも見えない。地面に落ちた女性の手荷物すらも背景の溶けるように姿を消していった。  女性を食べた『デミウルゴス』は次の獲物を探すように鼻を動かす。その鼻先に衝撃が走り、『デミウルゴス』は体勢を崩しかけたが四つ足で踏ん張り倒れるのを免れた。獲物しかいない自分の空間で攻撃されるなど予想にしていなかった『デミウルゴス』は驚きと怒りを露わにして自分を殴ってきた人間に向かって吠えた。 「牛みたいな見た目だから低いかと思ったら随分と高い声で鳴くじゃないか、『デミウルゴス』」  朔斗は拳を握りしめながら吠える『デミウルゴス』と向き合う。朔斗の両手両足は黒い防具が付けられていた。『アイオーン』であるオクタの一部が離れている時でも一時的に『デミウルゴス』と対応できるようにと朔斗に付いていた。 (オクタ、早く来い。手足だけだと時間稼ぎがせいぜいだ)  この状態では倒すことはもちろん、食べることもできないことを分かっているだけでに朔斗は内心での焦りは相当だった。『デミウルゴス』は朔斗の焦りなど知るはずもなく、朔斗へ向かって突進をしてくる。『デミウルゴス』の移動速度を最初から警戒していた朔斗は動き出した段階で進行方向から移動して突進を躱す。最初の一撃は興味を自身に向けるために打ち込んだが、オクタが来るまではこれ以上の『デミウルゴス』と肉弾戦をするつもりは朔斗にはなかった。 (下手に近づくと反撃を食らう。見た目は生物だが、その気になれば体を霧にして飛ばしてくるからな)  オクタを身に纏っていれば気にすることのない攻撃だが、今状態の朔斗が不用意に『デミウルゴス』の霧に触れれば消失の現象に襲われる可能性が高かった。  『デミウルゴス』に挑発するような声を放ちつつ、突進を躱す攻防を何度か繰り広げていると『デミウルゴス』が動きを止めて朔斗がいる方向とは別方向へと顔を向けた。 (こいつ、俺が食べにくいと判断して他の人を狙いに行くつもりか)  他へは行かせないと危険を承知で接近する朔斗に『デミウルゴス』は体の側面を向けると霧の塊を朔斗へ向けて飛ばしてきた。朔斗が飛ばされてきた霧の塊を振り払い回避しきった頃には『デミウルゴス』は別方向へ走り出していた。 「逃がすか!」  朔斗は追いかけるが『デミウルゴス』との差は広がっていき、ついに白い霧の奥に『デミウルゴス』の姿が消えてしまった。 「くっ、オクタがいないと探知もできないし……走り回るしかないか」  朔斗はわずかな音も聞き逃さないように注意をしながら『デミウルゴス』が走っていた先へと走り出した。  『デミウルゴス』の形成する白い霧の領域の広さは『デミウルゴス』ごとに様々で直径僅か十メートルほどから数百メートルとかなり差があった。朔斗が今いる領域は少なくとも直径百メートルの広さがあることを朔斗は突入時に察していた。 「どれほどの人間が巻き込まれているか分からないのが辛いな」  休日昼間の渋谷。中心地から離れた場所に貼られた領域ではあるが、どれほどの人が取り込まれているか想像もつかなかった。 「さっき逃げて行った人数は十数人だったが……あの場にいなかった人の方が多いだろうな」  走る朔斗の耳に悲鳴が聞こえてきた。  聞こえた方向へと踵を返して走っていくと『デミウルゴス』が女性に角を突き刺そうとしているのが見えた。 (間に合えっ!)  『デミウルゴス』へ向けて朔斗は加速して胴体へと飛び蹴りを打ち込む。蹴られたことで『デミウルゴス』の狙いがそれて角が女性のわき腹の横に突き刺さった。朔斗は追撃として両手で掌底を打ち込んで『デミウルゴス』を女性から突き放す。  朔斗に邪魔をされた『デミウルゴス』は不機嫌そうに一鳴きするとまた別の人を狙って走り去っていた。 「俺を徹底的に無視する方針か……」  このまま無差別に人を狙われ続けると被害者が増えて続ける状態の悔しさに朔斗は奥歯を強く噛みしめた。 「あ、あの、ありがとうございました」  声をかけられたので視線だけ向けると襲われていた女性が腰を抜かしたままだった。 (とりあえずこの人だけでも外に逃がすか)  このまま放置するわけにもいかずに朔斗は手を差し出して女性が起きるのを助けた。 「さっきの牛みたいなのは何ですか? 角に刺された人が吸い込まれるみたいに消えていって……私、何がなんだか」 「説明は後だ。今は逃げるぞ。付いて来れるな、無理なら抱えていくが」 「だ、大丈夫です」  女性が頷くのを確認して朔斗は一方向へ向けて走り出した。その途中、逃げ回っていた数人の男女と遭遇して領域の端を目指した。  走っていると朔斗は不意に足を止めた。 「どうしたんだ?」  不思議に思った男性が話しかけてくるが朔斗は無視して何もないはずの空間に拳を叩き込んだ。壁を叩くような振動と打撃音が響き、朔斗の背後にいた人々は驚きの表情を浮かべる。 「オクタがいれば一瞬なんだが……」  朔斗は愚痴のように言葉を吐きながら何度も空間に拳を叩き込む。すると空間に黒い亀裂が生じた。朔斗は黒い亀裂へ両手を差し込むと亀裂を広げるようとする。 「て、手伝おうか?」 「触るな! 俺以外が触ると死ぬぞ」  朔斗は手伝いを申し出た男性を強く拒否した。領域も『デミウルゴス』の一部であるため『アイオーン』以外が触れると消失の現象が発生する。現状では両手両足に『アイオーン』の一部を付与している朔斗以外は触ることができない。 「うおおぉぉぉっ!!」  気合を入れた声と共に人一人分の亀裂を広げた朔斗はその状態のまま外へ逃げるようにと首で指示をした。 「早くここから出るんだ。絶対に亀裂には触れるなよ」  一緒に逃げてきた男女は朔斗の指示に頷くと一人一人慎重に亀裂の穴から外へと出て行く。全員が無事に出た後、朔斗は亀裂から両手を離して大きく息を吐く。亀裂は朔斗が手を放すとすぐに修復されて白い空間へと戻ってしまった。 「この調子で続けるのはきついぞ、オクタ」  まだ到着できていない相棒に向けて弱気な言葉を言いながら朔斗はまた走り出す。

今回の朔斗君の装備はあくまで緊急で本当に戦うことは無理な状態。 基本的には自分の命優先で『デミウルゴス』から逃げることを目的とした形態です。

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