忘却のアイオーン

読了目安時間:5分

黒い甲冑

「口を閉じろっ!」 「!?」  白い霧が絵理菜の口に入る直前、誰の声が響き、絵理菜の体は白い霧から遠ざかるよう後方へ飛ばされていく。いつの間にか絵理菜の手足や腰に黒い紐が巻き付いていて、それが絵理菜を後方へと引っ張っていた。  白い霧から充分に離れると絵理菜を引っ張っていた紐が外れて、絵理菜は地面に投げ出された。 「口を閉じろと言ったのに何を呆けて開けているんだ! ()()()()()()!」  地面に投げ落とされた痛みに耐えている絵理菜の視界に現れたのは犬の口のように前に突き出した兜をした黒い西洋の甲冑を纏った人物だった。兜で顔面を覆っていて人相は分からないが、声からして若い男性であることだけは絵里奈は分かった。 「仕方ないだろ、朔斗(さくと)。いきなりだったんだ」  「仕方ないなんて理由で消えられてたまるか」 「それもそうだがな」  二人分の会話が絵理菜に聞こえてきたが、どこを見ても黒い甲冑の人物が一人いるだけでもう一人の声の主の姿を絵里奈は見つけることが出来なかった。黒い甲冑は唖然として座り込んでいる絵理菜を一瞥した後、白い霧から守るように前に出た。 「そこでじっとしていろ。すぐに終わる」  甲冑の人物を後ろから見ると腰の辺りから尻尾のようなモノが伸びていて地面に垂れ下がっていた。尻尾のようなモノは本物の猫の尻尾のようにゆっくりと左右に振られていた。 (可愛い……)  不謹慎にもそう絵理菜が思っていると黒い甲冑は白い霧へ向かって疾走した。  白い霧は黒い甲冑が迫ってくると慌てたように一カ所に集まり出し、巨大な四足の生物に形を変えた。巨大なバクのような形状になった白い霧は迫る黒い甲冑を押し潰そうとその巨大な足を踏み出すが、黒い甲冑は甲冑の重さを感じさせない素早い動きで白い霧のバクの側面へと回り込み、顔と思われる部分を殴りつけた。殴られたバクの巨体が倒れると地震かと錯覚するほどの振動が周囲に伝わる。倒れたバクの体の至る所から白い霧が触手のように伸びて黒い甲冑に襲い掛かるが、黒い甲冑は慌てることなく腕で打ち払った。 「朔斗、今日はどう料理する?」 「料理? いままでしたことあったか?」 「あっただろう。切り刻んだり、ちぎったりといろいろ……」  「それは料理なのか? 俺が知る料理は……もういい。さっさとやるぞ」  二つの声は会話をしながら黒い甲冑は襲い来る白いバクの触手を打ち払い続け、逆に鎧の袖から伸ばした紐で白いバクの体を縛り上げた。強力な締め付けの痛みから白いバクは叫び声を上げる。 「やはりまだ膜が強いな」 「なら多少無理やりでもやるぞ。時間がない」 「膜は旨くないし、食いにくいんだがな」  片方の声が不満を言うなら黒い甲冑は紐を力強く手繰り寄せて、白いバクの巨体を引き寄せようとする。白いバクは四肢を使いこらえようとするがその巨体は黒い甲冑の方へとじりじりと引き寄せられていった。  白いバクが黒い甲冑の手前まで引き寄せられてくると黒い甲冑の兜が変化した。兜は大きく肥大化し出し、人間の顔が覗くはずの箇所が大きく上下に裂けた。  まるで大きな狼がその口を開けて獲物である白いバクが自分の口に引き寄せているようだった。白いバクが悲鳴を上げると黒い甲冑の兜は白いバクに噛み付き、白い体の一部を引きちぎった。  絵理菜は目の前で動物のようなものが食べられているという行為に嫌悪を感じて、白いバクの悲鳴を上げる前に目を閉じて耳を塞いだ。 「やはりまずい」 「文句を言うな」  黒い甲冑は兜を元の大きさに戻すと伸ばしていた紐を手放し、体の一部を引きちぎられ呻いている白いバクに飛びかかった。両手の指先からは獣の鉤爪のようなモノが鋭く伸びていて、黒い甲冑はその爪を白いバクの食いちぎった傷痕に突き刺した。  痛みから巨体で暴れる白いバクから振り落とされないように深く爪を突き刺した黒い甲冑は傷口を広げるように右手を上に、左手を下へと勢いよく振り抜いた。さらに暴れて白いバクは黒い甲冑を振り下ろそうとするが、両手と同様に両足からも生えた鉤爪が白いバクの皮膚にしっかりと喰い込み、黒い甲冑を支えていた。 「朔斗! 振り落とされるぞ!」 「分かってる!」  黒い甲冑は再び白いバクの傷口に鉤爪を突き刺した。傷口を攻められる度に白い獏はその巨体を震わせ、転がり、黒い甲冑を引き離そうとしたが、黒い甲冑は決して離れず、何度も何度も爪を白いバクの傷口に突き刺し続けた。  白いバクが弱い叫び声を上げたかと思うとその巨体がゆっくりと倒れていき、そして動かなくなった。 「ようやくか。見た目によらずタフや奴だったな」  黒い甲冑は白いバクから爪を引き抜くと少し距離を取って立ち止まった。 「オクタ。さっさと片付けろ」 「ゴミを片付けろみたいな口調で言わないでくれるか。これでも一応楽しみではあるんだ」 「分かったから早くしろ」  黒い甲冑が足を大股に開くと再び兜が大きくなり狼の口のように上下に裂けた。そして動かなくなった白いバクへと食らいつき、その体を食いちぎっては飲み込んでいく。数十秒で白いバクの巨体は食いつくされ、明らかに自身の体より大きい物体を飲み込んだはずの黒い甲冑だけが絵理菜の前に最初に現れた姿のままで残っていた。  周囲の白い霧も消えており、遠くでわずかに街灯の光が見えるだけの光景に戻った。 「少々足りないが、まあいいだろう。腹八分目がよいと聞いたしな」 「どこで聞いたんだ?」 「ラジオだ。電波を受信してな」 「いつの間に……」  黒い甲冑は会話をしながら耳を塞ぎ目を閉じていた絵理菜の傍へと戻ってくる。 「おい、何時まで目を閉じてる。もう終わったぞ」 「……」 「耳を閉ざしているから聞こえてないみたいだな」 「仕方ない。放っておこう」  黒い甲冑が動かない絵理菜に背を向けて歩き出しそうとした時、背後から声が聞こえてきた。 「誰かいるの!」

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