忘却のアイオーン

読了目安時間:6分

野暮用

 狭い道で左右に商店街が並ぶ上野の一角。二股に道が分かれる中央に周辺商店街の記念碑として鎮座しているたぬきのような像がある。その像の丸い頭部の上に降り立つ人影があった。  商店街の通りは買い物客や観光客で賑わっており、像の上に降り立った人物に誰もが注目して視線を向けてよいはずだが、人影が乗っている像には稀に目線が向くがその上に目線が行くことはなかった。 「何時来ても人が多いなここは」 「多い時には日に二万人、三万人が来ているらしい」  像の上に立つ皆野朔斗の足元からどこに隠れていたのかオクタが姿を現した。  朔斗は今朝事務所を出る前に奏から渡された真新しい服に着替えていた。動きやすい服というオクタの注文を受けてスポーツウェアが用意されていた。黒と白を基調とした伸縮性のあるウェアは朔斗の体に驚くほどフィットしていた。 「この服……サイズがぴったりすぎるんだが?」 「私が教えておいた。短すぎたり長すぎたりすれば動きに支障が出るかもしれないからな」 「いつの間に測ったんだ?」 「測るも何も……いつも私を身に纏っているだろう。測る必要がない」 「そういえばそうだったな。服はともかく靴は違和感があるぞ」 「多少履き慣らす必要があるだろうな。今日一日飛び回れば問題ないだろう」 「前の服と靴でも良かった」 「これからは多くの人と交流をしていくんだ。見た目の清潔さは大事だぞ」 「交流はオクタだけでも問題ないだろう。俺が居ても特に話すことはない。というか無かった」 「そう言うな。お前も可能な限り私以外と話すようにした方がいい」 「何のために?」 「おまえのためだ。私はお前を『デミウルゴス』と戦うためだけの人間にはしたくない」 「俺は実際それしかできない」 「そんなことはない」  オクタは朔斗の言葉をはっきりと否定する。その声は雑踏の中でも通って響いたが、商店街を歩く人達には聞こえていないようで誰の視線も二人に向かない。 「……俺に他に何が出来るっていうんだよ」  朔斗は苛立ちを込めた言葉を吐くと像から下へと飛び降りて人混みの中へと入っていった。 「お、おい、朔斗!」  慌ててオクタは商店街の屋根へと飛び乗って朔斗を追いかける。朔斗は人と衝突しないよう前を歩く人の背中に密着して移動していく。これほど近づかれれば前の人は後ろの人の気配に振り向きもしそうだが一向にその気配はない。  『アイオーン』と契約している朔斗は誰からも認識されない。たとえこの人混みで誰かにぶつかっても相手は何かに躓いたか、別の人にぶつかったと認識されてしまう。多くの人にとって朔斗は透明人間のような存在になっている。そのため下手に人混みに入ってしまうと誰も避けようとしないため移動するために誰かの背中に引っ付いて移動するしかなくなる。  朔斗が密着していた人が店の商品に気を取られて足と止めると朔斗は素早く次に前に進む人の背中へと移動する。最初は上手くできなかったこの移動方法も朔斗はすっかり慣れてしまっていた。 (こんなこと日常じゃ役に立たないだろう)  普通であれば堂々と歩けばよいし、ぶつかりそうなれば避けてくれる。普通であれば必要のない方法であった。 「朔斗、どこへ行くんだ? おい、朔斗?」 「別のどこかだ。ここは大丈夫そうだしな」 「なら私を纏え。普通に歩いて行くのは時間がかかりすぎるだろう」 「……」  オクタの言葉に応えないまま朔斗は人がいない路地へと入っていく。オクタも下に降りてきて朔斗の肩へ乗った。 「朔斗、不機嫌にさせたのならすまない」 「オクタが謝ることじゃない。ただ俺が出来るのはあの人がやり残したことをやるだけなんだよ」 「あいつは確かに最後お前に託したが……」  朔斗とオクタの声に懐かしさを思う気持ちが混じった。 「行くぞ、オクタ。今日はいつもより東へ行ってみる」 「……」  朔斗はオクタを身に纏い、黒い甲冑の姿へと変わる。朔斗はオクタを身に纏ったことで得た脚力で一気に上空へと飛び上がると近くのビルの屋上へと降りる。朔斗は一度下を覗いて活気あふれる商店街を見た後、東の方へと移動を開始した。 「そういえば朔斗。東の方には大きなテーマパークがあるようだぞ」 「テーマパーク? 遊園地か?」 「遊園地とは違うようだぞ。街でよく見るネズミのマスコットがいるテーマパークだ」 「ああ、アレか」 「知っているのか?」 「子供の頃によくCMで見た」 「ついでだ。行ってみるか?」 「人は多いだろうが……正確な場所は分からないぞ」 「住所なら昨日調べておいた」  昨夜、奏から教わったネット検索でオクタは近場の観光地情報を入手していた。 「……用意周到だな」 「『デミウルゴス』の探索は何よりも優先されることだが、別にその道中でお前が楽しむことは悪い事じゃない。他の『アイオーン』の相棒達は息抜きに遊んでいるらしいぞ。なにしろ誰にも気付かれないからな。入り放題だ」 「そういう悪いことはしない」 「それもあいつの約束だったな」 「そうだ」 「だが、外から見る分にはいいだろう。行ってみないか?」 「……行かない」 「少しくらい」 「行かない。というかオクタが行きたいだけだろ?」 「バレたか。人気らしいからな。私としてもどういう場所か見ておきたかったんだ。一応言っておくが真面目にだ。『デミウルゴス』は人が多い場所に出現しやすい上にテーマパークのような施設の中ではMMPSAの探知機は設置できないだろう。なら重点的に見ておく必要もある」 「……筋は通っているな」 「朔斗、おまえに楽しんでほしいという気持ちも当然ある」 「楽しむか……」  ビルの屋上から屋上へと移動していた朔斗の足が不意に止まる。 「どうした、朔斗?」 「野暮用だ」  朔斗が体の向きを変えて見た先には煙と炎が立ち上る高層マンションがあった。 「確かに野暮用だな。行くのか」 「当然だ」  朔斗は火事が起こっているマンションへと飛んだ。遠くから消防車が向かってくるサイレンが聞こえてきており、マンションの下の方では人だかりが出来ていた。  火事はマンションの高層部分から発生しており、発生元と思われる部屋からは大きな炎が噴出しており、周囲を黒く焦がしていた。火は他の部屋にも移っているようで外に噴出してこそいないが別の部屋の奥にも炎が見えていた。 「オクタ、炎には耐えられるな」 「朔斗次第だ」 「なら大丈夫だ」  朔斗は燃えている部屋がある階へ降り立つと人が残されていないか探索を開始した。探索用に電波を飛ばすと数名の住人が取り残されていることが分かった。朔斗は一番近くの住人を助けるために部屋へと扉を壊して侵入すると老夫婦が倒れこんでいた。  朔斗は甲冑から紐を伸ばして老夫婦に巻き付ける。巻き付けた紐から老夫婦の体調を調べてまだ生きていることを確認すると二人を自分の近くに引き寄せた。そのままベランダへと出ると眼下に人だかりが出来ていることを確認して飛び降りた。  下にいる人達からすれば老夫婦が飛び降りたとしか認識できずに悲鳴が響き渡った。朔斗は落下する直前に甲冑からさらに紐を一本伸ばしてマンションのベランダに巻き付けて落下の衝撃を抑えると柔らかい茂みに老夫婦を寝かせた。直ぐに老夫婦の元に人が集まってくる。朔斗はマンションに巻き付けた紐を辿ってマンションへと戻ると老夫婦がいた部屋へと飛び戻った。

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