忘却のアイオーン

読了目安時間:3分

Vチューバとファン

 目の前の人物が自分のチャンネルのファンだと知って絵里奈は思わず翔子の顔をガン見してしまう。絵里奈の中で喜びと驚きの感情が沸き上がり、収まりかけていた動悸がまた激しくなっていく。 (いやいや、なに!? この偶然! 『アヴィ』のファン? うっそでしょ、ありえないって。嬉しいけど、え? なに?) 「あ、その反応……このチャンネル知ってるでしょ。絵里奈ちゃんも見てるの?」 「え、ええ、まあよく……」 (見ているというか編集しているんですけどね。でもそんなこと言えないし、いや、この場合言うべきなのか? でも、『アヴィ』はVチューバ―だし……黙っておくのがファンのためだよね) 「どの回好き? 私としてはたまにやってるお化粧回かな。正直不人気回なんだけど一生懸命背伸びして大人感出している所がいいんだよね」 「やっぱり不人気か……」 「うん?」 「あ、いえ、何でもないです。そうですねぇ、私の好きな回はゲーム実況のやつで確か五十八回かその辺りの……」 「五十八回……あー、アレね。あの回ね、うんうん、あと少しでクリアだったのに何度もダメになる所ね! あの回のアヴィちゃんも健気だったわ~」 (クリア出来なくて人生初の寝落ちした回なので思い出深いのです)  会話を弾ませる絵里奈と翔子から奏がゆっくりと離れていき、二人から見ない場所へ移動すると携帯を取り出してメールを打ち始めた。奏がメールを送信するとすぐに奏の携帯が着信で震えた。携帯のディスプレイにはメールを送った相手、工藤元近の名前が表示されていた。 「もしもし、どうしたの。元近君」 「メールよりも電話の方が早いと思っただけで……すいません、約束の時間に遅れてしまっていて」  奏が耳を傾けている携帯からは若い男性のハスキーな声が聞こえてくる。 「いいのよ、元近君は忙しいもの。最近ちゃんと寝てる。この前みたいに顔にクマを作っていたりしたらまた強制的に眠らせるわよ」 「はは、それは困るのでちゃんと眠るようにしてますよ」 「信じるわ。元近君、女性に嘘は付かないモノね。で、電話の要件は?」 「藍沢さんの件です。彼女がミストに襲われていたかはまだ分からないとのことですが……メールの文章を見る限りでは彼女は間接的な被害者で直接的な被害者ではないと思いましたが」 「ええ、話を聞く限りお父さんの事を記憶していないようなの。でも、昨日、絵里奈ちゃんがミストと遭遇した時の映像を見ると初めてミストと遭遇したようには思えなくて。知っていて怯えているように感じたわ」 「……奏さんがそう感じたのそうなのでしょう。ということはミストとは別にその時のことがトラウマとなって忘れているということでしょうか」 「たぶんそうだと思うわ。これから時間をかけて話を聞いていけばもう少し分かるとは思うけど」 「分かりました。藍沢さんの件はお任せします。必要な物があれば言ってください。可能な限り用意しますので」 「ありがとう、元近君」 「自分は後10分くらいで到着しますのでもう少し待っていてください」 「分かったわ。コーヒーを入れておくわね」 「ありがとうございます。それでは」  電話が切れた後、奏が二人の所へ戻ると丁度会話が一段落しており、互いに連絡先を交換しあっているところだった。 「仲良くなったみたいね」 「もちですよ、奏さん。私、人との距離を縮めることは得意ですから」 (年上のお姉さんと連絡交換とかこれで私は陽キャの仲間入りか?) 「元近君は後十分くらいで来るらしいからもう少し二人で話していて。私は元近君の分のコーヒー淹れてくるから」  奏は再び二人から離れて給湯室へ向かった。 「……奏さんってお母さんみたいですよね」 「絵里奈ちゃんもそう思う? そうなのよ、母性強いのよ。うちの母親がちょっとだらしなくてさ。奏さんみたいなお母さんが欲しいと思うのよ。特に大学のレポートが終わらない時とか」 「あはは、は、そうですか」 「忘れていたのに思い出してしまったわ。大丈夫かな、アレで。もう一度再提出とかなったら私はもう駄目だよ。もう一度書く気起きないわよ~」  翔子はソファにもたれかかるとそのまま寝息を立て始める。それを見ていた絵里奈も今までの緊張と昨夜の出来事が原因であまり寝ていないのもあり、翔子につられるように寝てしまった。

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