忘却のアイオーン

読了目安時間:6分

失いゆく存在

 MMPSAの事務所内に朔斗とオクタのために提供されていた臨時宿泊場所の簡易ベットで朔斗が静かに横になっていた。枕元にはオクタが朔斗の顔をじっと見つめていた。そこへ渋谷での出来事をアメリカの本部へ報告し終えた元近が現れる。 「オクタさん、朔斗君の様子に変化は?」 「変わらずだ。寝かせてからは安定はしているが改善もしていない」 「怪我の方は……」 「腕のことなら気にしなくていい」 「腕一本失えばそれだけでショック死や失血死する可能性もあると思うのですが」 「『アイオーン』の契約者で失血死で亡くなる者はいない。ショック死は……あるがな。契約した段階で契約者は人間ではなくなる。見た目は変わらないが中身は我々『アイオーン』と同じなるので血は流れない。だから失血は大丈夫だ。そこは問題ではない。問題は片腕分の朔斗の存在が喰われたということだ」 「消失の現象ですね」 「そうだ。すぐに私の一部で傷口を塞いだので腕から先の消失は防いだ。だが……」  オクタが話していると朔斗の体の一部が透けていった。背後の置物が透けて見える現象に呆気にとられた元近だったが、直ぐに気を取り直して朔斗の名前を呼ぶ。 「朔斗君っ!!」 「朔斗!」  オクタと共に元近が名前を呼ぶと透けていた朔斗の体が元に戻る。 「この現象は何なんですか。名前を呼ぶと透けた体が戻るようですが」 「朔斗が消えかけている。呼び掛けることで存在を確定させて繋ぎとめているが……時間稼ぎにしか」 「……第三者によって自己の存在を認識してもらうことで消失した自己の存在を補っているっということですか?」 「そういうことになる。あくまでも最後の猶予を引き延ばす行為でしかない。一人の人間が、一つの生物が認識できる範囲など小さすぎるからな」 「このまま呼び掛け続けたとして朔斗君の猶予は……」 「二日、いや、三日もてば……。元々限界が近かったのだ。今回の怪我なくてもおそらくは近いうちに」  オクタの残酷な言葉を聞き、元近は息苦しそうに喉を触る。元近は何度か咳ばらいをして覚悟を決めたように顔をオクタへ向けた。 「……こういうことを今言うべきではないのでしょうが、渋谷に現れた『デミウルゴス』への対処はどうしましょう。他の『アイオーン』の方に来てもらうことはできないですか?」 「それは今言うべき、確認すべきことだ、元近。優先すべきは『デミウルゴス』を倒すことだからな。私も、そして朔斗も分かっている」  オクタは同意を求めるように朔斗へ顔を向けるが、朔斗から反応は当然ない。 「現在、日本には私の他に二体の『アイオーン』がおり、それぞれ契約者と共に行動している。一組は東北、今は宮城にいるようだな。もう一組は四国の……高知だな。双方ともに広範囲を担当しているので離れることはできない。ここ最近は東京での『デミウルゴス』の出現が多かったため、東京近辺に留まっているが私と朔斗も本来は関東、中部、関西地方の担当だ」 「では、あの『デミウルゴス』への対処は……」 「……『デミウルゴス』が動き出す前に新しい契約者を」 「やめろ、オクタ」  オクタの言葉を遮ったのは寝ていたはずの朔斗だった。 「朔斗、気が付いたのか!」 「耳元でお前がうるさくしているせいだ」  弱弱しい声だがいつもと変わりない口調の朔斗にオクタの口元から笑みがこぼれる。 「朔斗君、大丈夫なのですか?」  朔斗は元近の呼びかけにも反応して顔を向ける。 「体は動かないが平気だ。あの虎みたいな『デミウルゴス』はどうした?」 「目覚めて最初に聞いてくるのが『デミウルゴス』のことなのは朔斗君らしいですね。少なくとも私達の探知機には反応はありません。まだおとなしくしてくれているようです」 「そうか。とりあえず安心だが、ゆっくりもしてられないな。どこかで隠れて喰っている可能性もある。オクタ、ひと眠りしたら探索に……」  言葉の途中で朔斗の意識が眠るように途切れると朔斗の体が再び透けていった。 「朔斗君!?」  元近とオクタが気付かないうちに事務所へ着いていた絵里奈の声が響いた。絵里奈の呼びかけを受けた朔斗の体は元に戻ったが意識までは戻らず朔斗は眠りに入ってしまった。 「藍沢さん、どうしてここに?」 「私が連れてきたのよ」  絵里奈の後ろから現れた奏に驚いた元近だったが直ぐに厳しい視線を奏に向けた。 「なぜです、奏さん。藍沢さんをこの件に深く関わらせるのは……」 「元近君、藍沢さんはもう既にこの件に深く関わってるわ。自分も知らないうちにね。それなのに部外者扱いするのは私にはできない。藍沢さん自身にも覚悟を確認して来てもらっているわ。文句は聞くけど藍沢さんを連れ帰ることはしないわよ」  奏の言葉に背中を押されるように絵里奈は一歩踏み出して元近と向き合う。 「朔斗君がこうなっているのには私にも責任があるから来ました。友達を助けてもらったお礼も言ってないし、朔斗君が心配だったからです」 「心配だという気持ちは尊重しますが……」 「朔斗君は大丈夫なんですか? 今も渋谷の時みたいになってましたけど」 「……」  絵里奈の質問に元近は答えられずに口を閉ざす。 「元近君、分かりやすいのはあなたの良いところだけどね。こういう時は少しは隠す努力をした方がいいわよ。その態度じゃ状況が深刻だって誰でも分かるわ」 「……すいません」 「謝ることじゃないわよ。良いところって言ってるでしょ。で、詳しく聞かせて。元近君が話しにくいならそこの奴でもいいわ」  奏に乱暴に指をさされるとオクタは困ったように尻尾で頭をかいた。 「前の一件から嫌われたままか、私は」 「好かれるようなことがないんだから当たり前でしょ」 「確かにな。朔斗の容体についてだが話す前に私からも確認だ。本当に良いんだな、絵里奈」 「うん、朔斗君がどうなったのかずっともやもやしたままじゃ嫌だから」 「……分かった」  オクタは絵里奈の意思を確認すると背筋を伸ばして絵里奈達の方を向く。 「先ほど元近には話したが朔斗は後数日で消えてしまう」 「きえ……」  絵里奈は朔斗が亡くなくなってしまうかもしれないという事に対して心構えをしてきたが、消えるという予想外の事象に何の心の用意もしていなかったため、思考が停止する。 「消えるのだ。消失の現象と同じだ。加えて朔斗を含めた『アイオーン』の契約者は『アイオーン』の中に消えていく。そうなればおそらく君達は朔斗の事を忘れてしまうだろう。君達喰い残しが認識できるのは『デミウルゴス』の次元で『アイオーン』の次元ではないからな」 「消えて……忘れるってどうして」 「……私が朔斗を常に食べているからだ」  オクタはどう答えるか迷うように少し間を開けた後、絵里奈にとって衝撃的な事実を告げた。 「食べ……え?」  絵里奈は理解できずに助けを求めるように視線を奏と元近に向けた。元近が返す言葉を探す中、奏が意を決したように口を開く。 「言葉通りよ、藍沢さん。そいつらは契約者の存在を喰っているらしいの。つまり『デミウルゴス』と同じ存在ってこと。契約者はどれだけ頑張ってもいずれこいつら『アイオーン』の中に喰われて消えてしまうらしいわ」 「……そんな。朔斗君はそのこと」 「知っている。契約者となる者には事前に説明をする義務が我々には課されている。契約者達は全員いずれ消えてしまうことを納得して契約者となっている」  絵里奈は朔斗の他人には厳しい言葉を言いながらも気を遣うがその反面、自分自身には無頓着でどこか投げやりであった様子を思い出していた。 「そんなの……酷いよ」 「そうだな。酷いことだ」 「止められないの?」 「こればかりは無理だ。胃の中の食べ物の消化を止められないのと同じだ。もしかしたら私が死ねばこれ以上朔斗が消えてしまうのを防げるかもしれないが……それはもっとも出来ない。私には『デミウルゴス』を倒す使命がある。より多くの人を守らねばならない使命がある。私は……死ぬわけにはいかないのだ」  オクタが苦しそうな呟いた。

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