夢の男

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夏の怪談コンテスト第3弾です!

夢の男

夢の男

 ある夏の休日、寮の部屋で公務員試験の勉強をしている今上謙也(いまかみ けんや)のスマホに1通のLINEが届く。 「ん?誰からだろ?」  謙也はスマホを開くと、以前ラーメン屋で知り合った知り合った友人の吉崎真穂(よしざき まほ)からだった。 「真穂:謙也君、急にごめんね。今日時間あるかな?」 「あ、真穂さんからだ。ちょうど試験勉強もひと段落したしな」  謙也はそう呟くと返信をする。本当は試験勉強がさほど進んでいなくとも真穂になら会いに行くつもりだった。 「謙也:うん、大丈夫だよ。何かあった?」  謙也がメッセージを送信すると、すぐに既読がつく。 「真穂:良かった……訳は後で話すからさ、今都内に来てるんだけど喫茶店に来てくれないかな?」 「謙也:いいよ、どこの喫茶店?」  謙也がそう送ると、喫茶店のURLが送られてきた。謙也は準備をした後に寮を出ると、送られてきたURLを元にその喫茶店へと向かう。喫茶店は謙也が住む寮から少し離れたビル街にあった。  店に来ると、中で真穂が待っているのが見える。謙也は喫茶店の中へ入り、店員にコーヒーを注文して受け取ってから真穂のいるの席へ向かう。真穂は喫茶店の奥の席で待っており、謙也に気づくとパッと顔を明るくする。 「ごめんね、急に呼び出したりなんかして」 「いやいや、ちょうど公務員試験の勉強もひと段落したし。ちょうど気分転換しようと思ってたんだ」 「公務員試験?謙也君公務員になるの?」  真穂は驚いた顔をする。 「うん。その方が暮らしに困らないかなと」 「そっか……謙也君ももう大学3年だもんね」 「毎日勉強するから正直息が詰まるけど、これも就職の為だからね」 「そういう堅実な人、私好きだなあ……」  真穂は微笑む。そんな真穂の様子を見て、謙也は思わずドキッとする。 「そ、それより、話って何?」  謙也は真穂の向かい側に座りながら聞く。 「ああ、話って言っても別に命に関わる話とかじゃないからね。別に謙也君にお金を借りようとかそういう訳ではないし」 「それならよかったけど、余計気になるな」 「この前謙也君、私に怪談話を聞かせてくれたでしょ?実を言うとその話なの」 「というと?」 「実は1週間前くらいに私、体験したんだ」  真穂はそう言って紅茶を一口飲む。 「無理はしないでいいけど、もしよかったら詳しく聞かせてくれないか?」 「うん、聞いてくれてありがとうね」  真穂はそう言うと静かに話し始めた……。  1週間前、真穂は明日の仕事に備えて早めにベッドに入り、眠りについた。珍しくその晩、真穂は夢を見た。  夢の中で、真穂は路地に立っていた。仕事であるバスガイドの服装ではなく、青いブラウスにベージュのロングスカートという私服姿だ。夢の中でも謙也と約束しており、待ち合わせの場所へ向かおうとしているようだ。 「あ、急がないと謙也君が待ってる……」  真穂は速足で路地を進む。空はすっかり日が暮れて夜になっており、小さな星が空に散らばっている。  しばらく進むと、真穂は背後に誰かの気配を感じた。いくら歩いてもその気配は離れる事はなく、どうやら真穂の後をついてきているようだ。真穂は背後の気配が気になり、足を止めて後ろを振り返る。路地にある電柱の陰に、黒服の男が立っているのが見えた。オールバックの黒髪に細い目が特徴的な壮年の男だった。 「え、何……?」  真穂は口に手を抑えたまま固まる。男に見覚えがなかったからではない。その男の首が異様な程長かったのだ。頭は電灯につきそうな位置にあり、明かりもあってか一層部耳だった。男は口元に笑みを浮かべており、目は白く光っていた。 「い、イヤッ!」  真穂は力を振り絞ってその場から走り出す。恐怖のせいか謙也との待ち合わせも忘れ、必死で走る。しばらく走り続けると少し先にコンビニが見える。真穂は後も振り返らずそこに駆け込んだ。 「はあ、はあ、ここまでくれば大丈夫かな……」  真穂は雑誌コーナーに隠れながら外の様子を伺う。窓から見える景色に少なくとも男の姿はなかった。真穂は安堵に胸を撫で下ろし、ペットボトルのお茶を買って再確認してからコンビニエンスストアを出ようと考えていた。  会計を済ませ、真穂は再び雑誌コーナーへと向かう。窓から様子を見ても、男の姿はない。 「よかった。追いかけてきてはいないみたいね……あ、謙也君との約束があるんだった」  真穂は急いでコンビニを出ると謙也との待ち合わせ場所へ向かう。スマホで場所を確かめると、幸い近い方向に走って来た事が分かった。真穂はホッとしながらスマホの案内に従って謙也の元へと向かう。  スマホでの案内を見ながら進み、真穂は地下道への階段を下りていった。夜という事もあってか人通りはなく、真穂の心には不安があった。 「謙也君に電話して、迎えに来てもらえばよかったな……」  真穂は後悔しつつも階段を下り、地下道を歩いていく。地下道はひんやりとしていて涼しくはあったものの、少し肌寒く感じる程だ。真穂以外人は折らず、足音だけが響いていた。  向こうの階段との距離が縮まった時、階段の上から足音が聞こえてきて真穂は足を止める。足音はゆっくりと近づいており、真穂の心臓は高鳴っていた。 「まさか……さっきの男じゃないよね」  真穂は足を止めて階段を見つめる。そんなはずはないと自分に言い聞かせつつも不安は拭えなかった。足音がだんだん近づいて来る度に真穂の心臓はバクバクと動いていた。  やがて階段から地下道に黒い靴を履いた足が出る。靴の形から男のようだ。真穂は息を呑んで靴の持主の姿が出てくるのを待った。間もなくもう片方の足が地下道に下り、靴の持ち主が姿を現す。その人物の姿を見て、真穂は凍りついた。その靴の持ち主は、さっき電柱の陰にいた首の長い男だったからだ。 「な、何で……?」  真穂は震える声で呟く。首の長い男は薄ら笑いを浮かべながら真穂にゆっくり近づいてくる。その目は光っており、逃げようとしても足が思うように動かない。男は足音を響かせながら白く細い指の手を伸ばしていた。 「い、イヤーッ!」  男の手が目前に迫った所で、真穂は目を覚ます。カーテン越しにすっかり夜が明けており、時計を見ると6時だった。 「はあ、はあ……夢か」  真穂は髪を整えながら呟く。夢で見た男の顔は目を閉じると脳裏に浮かんでくる程強烈だった。今度の休みに謙也にこの夢の話をしようと決め、真穂は仕事へ行く為の準備を始めた。今日は鎌倉のツアーを担当する事となっていた。  準備を終えた真穂はバス会社へ出社し、バスの運転手へ挨拶しながら車内を整える。仕事に集中する事によって悪夢の恐怖もいくらか忘れられる事ができていた。時間となり、真穂が乗っているバスにツアー客たちがぞろぞろと乗り始める。 「昨日は怖い夢見ちゃったけど、切り替えて頑張ろう!」  真穂は乗ってくる乗客に挨拶をしつつそんな事を考えていた。ツアー客がが座席へ座る中、真穂は乗って来た1人の男に目が釘付けとなる。男は黒づくめの服装をしており、それだけならば特別珍しい事ではない。真穂の目が釘付けとなったのは、その男の顔が昨夜夢で見た男にそっくりだったのだ。 「え……」  真穂は背筋が寒くなる。夢のように首が長い事はなかったが、顔立ちは夢で見た男と瓜二つと言えるレベルだ。男は真穂が見つめている事に気づき、笑みを浮かべて軽く会釈をする。真穂は慌てて笑顔で会釈をしたものの、内心薄気味悪さを感じていた。  乗客が全員乗った後、バスは鎌倉へと向けて出発する。真穂はいつも通りにバスガイドとしての仕事をしつつ男の様子を見ていた。男は奥の席の端で窓から外の景色を眺めており、こちらを気にしている様子はない。男の挙動を見ている内に、ただの偶然だろうと真穂は考え始めた。 「やっぱり、ただの偶然だよね…あんな夢見ちゃったからかも。お客様に対して本当申し訳ない事しちゃったな」  真穂はそんな事を思いつつガイドの仕事に集中する。今日は一泊二日のバスツアーであり、真穂も乗客と同様に鎌倉近くのホテルへ泊まる事となっていた。  鎌倉へ着くと、真穂はバスから降りて観光地のガイドを開始した。男はツアー客の後ろの列へ並びながら観光地を眺めており、やはり変わった様子はない。真穂は男にも笑顔を向けつつ鎌倉の観光地を巡った。  12時になり、真穂は運転手やツアー客と共に近くの店で食事を取る。男は真穂が座った席に近いところへ座ったものの、こちらを気にするような様子はなかった。真穂は気にし過ぎではないかと思うようになり、ツアーガイドに集中する事にした。 「それにしても夢で見たあの人と顔立ちが同じだなんてびっくりしたな……前にどこかですれ違ったりしたのかな?」  真穂は食後の紅茶を飲みながら呟く。夢というのは自分が見た光景や出会った人物が登場するものだと真穂は考えていた。男の顔には見覚えがなかったものの、どこかですれ違った人の顔が出てきたのだと思う事にした。  昼食が済むと真穂はバスへ戻り、ホテルへ向かうバスの中でガイドを再開する。途中歌を歌いながら真穂は男の様子に注目していたが、やはり特にこちらを気にする様子はない。バスがホテルに着くと、真穂はツアー客を送り出した後にバスの運転手と明日の打ち合わせを行なった。 「やっぱり私の考えすぎだったかな……昨日見た夢に引っ張られ過ぎ」  真穂はそんな事を考えながらツアー客が泊まるホテルへと入る。案内された部屋へ入ると真穂はどっと疲れを感じ、しばらく休む事にした。窓からは鎌倉の海が見え、真穂はそれを眺めたり写真に撮りながらしばらく過ごした。夜になると真穂は夕食前に入浴し、今日のツアーでの疲れを癒した。元々旅が好きという事もあり、仕事とはいえ鎌倉へ行けてよかったと感じた。  温泉に浸かって浴衣に着替えると、真穂はツアー客と一緒に会場へ行き、夕食を摂る。久しぶりの泊まりという事もあり、真穂は高揚した気分を抑えながら食事を楽しんだ。夕食後は夜風に当たろうと真穂は散歩に出る事にした。  ホテルを出ると、海からの潮風が真穂の顔に当たり、真穂は心地よさを感じながら海の方へ歩いていった。ホテルから海へはそう遠くはなく、夜が更ける前に戻ろうと考えていた。  海の近くをしばらく歩いていると、真穂の耳に誰かの足音が聞こえてきた。真穂は昼間の記憶が蘇り、まさかと背後を振り返る。そこには夢で見た光景と同じく、電柱の明かりの下にツアー客の1人であるあの男が立っていた。真穂は心地よさから一転、背筋に冷水を浴びせられたかのようにゾッとした。 「え……まさか!」  真穂は思わず男を見つめる。男は夢で見た時と同様、首が長かった。何もかも夢と同じ光景に真穂は恐怖を感じ、一目散に走る。無我夢中で走り続けると、いつの間にかコンビニの前に来ていた。 「あれ?何だか身に覚えが……」  真穂は不思議な感覚に襲われたが、おとこが近くまで迫ってきているかもしれないという恐怖にかられ、コンビニの中へ入る。ひとまずお茶を飲んで気持ちを落ち着かせようとペットボトルのお茶を買い、真穂は雑誌コーナーに隠れて外の様子を伺う。夢と同様、男が追ってきている様子はない。真穂は気持ちを落ち着かせてからホテルへ戻る事にし、しばらくしてからコンビニを出る。  ホテルへの道を歩いていると、いつの間にか真穂は地下道の前に来ていた。 「いつの間にか地下道に来てる。夢の時は確か……」  真穂は夢の話を思い出す。夢では確か、地下道を歩いていてあの男と遭遇する。真穂は地下道へは降りず、別の道を通る事にした。 「本当なら謙也君に来て欲しいけど……この時間に鎌倉に来てもらう訳にはいかないし」  真穂は夜道を歩きながら呟く。夢と違う行動を取ったお陰か、歩く内に気持ちは段々と落ち着いてきていた。しかし男がホテルに戻っているかもしれないという事を考えると、なかなか戻る気にはなれなかった。  歩いている内、真穂はいつの間にか海岸沿いの道を歩いていた。海からは波の音が聞こえ、潮風が吹いていた。 「いつの間にか海岸沿いにまで来ちゃったな。流石に戻らないと」  真穂はスマホを取り出し、ホテルの場所を調べ始める。その時、 「夢と……違いますね」  背後から低い声が聞こえ、真穂は後ろを振り向く。そこには、電柱の陰から真穂を見ていたあの男が立っていた。 「え?何でここに……」  真穂は驚きで固まる。ずっと後をつけられていたのだろうか?しかし気配は感じていなかった。 「本当はあの地下道で引きずり込むつもりだったが……いくら高次元とはいえ現実までは変えられないという事か」  男はため息をつく。男から発せられる声はとても低かった。 「私の事、ずっとつけていたんですか?」 「いいえ、高次の存在である俺はいつでも、あなたの事を見ていた。あなたは一見普通の人間に見えるが、実は普通の人とは違う、我々に近い考えを持っている。だから俺の住まう世界に連れていこうと考えたのだ」  男は低い声で言う。声と共に男の目は白く爛々と光っていた。 「何で、そんな事が分かるんですか?」  真穂は男を見つめて聞く。しかし震える声を出すのがやっとだった。 「分かる。なぜなら俺はここではない、高次の世界にいるのだから」  男は不気味な笑みを浮かべる。男の表情に、真穂は恐怖で震えるしかなかった。 「高次の世界?」 「お前達人間では到底行く事の出来ない世界さ。だが夢と現実であなたを連れていく事には失敗したから、もう興味は失せた……」  男はそう言うと体を宙に浮かせ、暗黒の海へ溶けるように消えていった。真穂は目の前で起こった事が現実とは思えず、しばらくその場に立ち尽くすしかなかった。 「何だったの……?」  真穂は暗黒の海をしばらく見つめていたが、何もされなかった事に安心しつつホテルへ戻ろうとした。  その時、背後に真穂は気配を感じて振り返る。そこには、まるで暗闇から這い出るかのように昆布のような平べったい触手が伸びてきている光景があった。やがて触手の持ち主らしき白く光る目を持つ怪物が現れる。 「イヤーッ!」  真穂は叫び声を上げ、気を失ってその場に倒れた……。 「……という事があったの」  真穂はそう言って紅茶を飲む。 「何だか単なる怖さよりも異質な恐怖を感じるね……その後どうなったの?」 「ああ、気がつくと私は病院のベッドにいたの。お見舞いに来てくれた運転手さんから聞いた話だと、私は海岸に倒れていたらしいの。で、運転手さんにあの男の事を聞いたらね、そんな男はいなかったって言うのよ」 「え?」 「ツアーに参加したお客様にも聞いたらしいんだけど、そんな人はいなかったって言われたらしいの。幸い私の体に異常はなかったから、すぐ退院できたけどね」 「それならよかった、本当なんだったんだろうね……」 「ねー。怖かったけど、謙也君が好きそうな話だなって思って。今思えばどこからが夢でどこからが現実なのか分からないくらいだった」 「あのさ、もし真穂さんがよかったら今日はなるべくずっと一緒にいない?そんな事があったら不安でしょ?」 「そうだね。謙也君に支障がないならいようかな。あれから1週間何もなかったら大丈夫だとは思うけど」 「よかった。なら今日はこれからどこかに行く?」  真穂にそう聞く謙也の目はカフェの窓を見ている。そこには、2人の様子を伺う黒ずくめの男が立っていた……。

今回の話は都市伝説にある「夢と違う」を基にしました!見よう見まねでコズミック・ホラー要素も加えています!

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