悪役令嬢(ところてん式)

クスノキコノミ(2)

 駄目学生の自覚はあるから、あまりそのあたりは深掘りしないでほしい――というわたしの祈りが伝わったわけではないだろうが。  アイリーンは「もういいわ」と話題を変えてくれた。 「あなたの国の話は飽きたわ。次は……そうね。あなたの話を聞かせなさい」 「わたしのこと、ですか?」  わたしの、地肌を掻く手が一瞬止まる。  自分のこと。  これまた、説明のしにくい話である――というか、残念ながら、面白みのある特殊な人生は歩んでいない。  ……まぁ、ゲーム内トリップなんてトンデモ体験がそこらにホイホイ転がっていてたまるかというのはあるから、此度(こたび)のこれは除外するとして。  基本は遊んで、ときどき学び、試験に悲鳴を上げては進級に問題ない程度に単位を取って、残り三年の大学生活(モラトリアム)を楽しんでいる。  そんな、そこらによくいる経済学の徒である。  そういえば、出席日数は大丈夫だろうか。  こちらの世界に来てしばらく立つが、帰る見込みはまだ立たない。  今期は比較的真面目に出ていたから、まだ問題ないと思うけれど……  しかしそんなわたしの心配や思いなど知ったこっちゃないとばかりに、湯船のアイリーンは楽しそうに、 「ええ。大学に通っていると言っていたわね。  どのようなことを勉強しているかとか、どう暮らしているかとか、それから、ええと……」  指折り上げていくが、本当に興味があって言っているようには聞こえない。  口調はどこか白々しくて、上っ面を滑っていくようだ。  ただ、最後に挙げられた項目だけは、何か違うものを帯びていた。その項目とは、 「……友達、とか」  だから、その話を聞きたいのかな、ということはわかった。  しかし。  それもそれで、わたしから提供できる話題は少ない。  答えたことは、ため息に乗せるようだった。 「友達、少ないんですよねぇー……」  自覚はしているから、認めるのは苦ではないが。  大学の交友関係なんて、極論、授業を代返してくれる人間と、試験の過去問という遺産を引き継ぐ先輩後輩くらいがいれば大抵なんとかなるものだ。  友達百人できるかななんてのは、交流上手なテニスサークルなんかの人らに任せておけばいい。  世の中には友達が多い人も少ない人もいる。  多様性、多様性。ダイバーシティ、インクルーシブ。違うかも。まぁいいか。  なんてことを考えていて、 「……あ」  不意に、わたしの頭に蘇るものがあった。  それはわたしの国のことではない。そもそもわたしのことでもない。 「なんですの?」 「いえ、なんでもないです。  ……友達少なくても、まぁ、なんとなくうまいことやれてるんで。数の多寡じゃないですよ、あんなのは」  そんなことをもにょもにょ早口で答えると。  なぜかアイリーンはにぃんまり、と笑った。 「ふうん。ふふん。ふふふふん?」 「なんですか鼻の下伸ばして。相当気持ち悪いですよ」 「気持ち悪いは余計でしょう!」  ちょっと考えて。 「鼻の下も伸ばしてなんていませんわよ!」  遅い。 「で、なんですか。わたしの交友関係に、何か気になる点でもありましたか」 「いいえ、別に。べっつに。  ただ、故郷に友達の一人もいないだなんて、仕様がない従僕だと思いまして!」  うるせえばか。  というか、ぼっちなのはアイリーンも同じではないか。  なんてわたしの心の声など知るよしもなく、アイリーンは、勝手な宣言を風呂場じゅうに響かせる。 「もとに戻ったら、次はわたくしがコノミの国を訪問する番ですわね。  安心なさい、あなたの交友関係がうら寂しいことは把握しました。  あなたの家族や親戚に、わたくしのことを『コノミの敬愛する主人』として紹介することを許しますわ!」  それはちょっと。  帰宅した娘が謎の金髪少女を「ご主人様です」なんて紹介した日には両親はまず卒倒するだろう。  そもそもゲーム内キャラクターであるはずの存在が来日……というか現実に具現化なんぞした日には、完璧に世の中パニックだ。  ……いや、でも。  日本なら、ワーォジャパニメーションサブカルチャーイェイなノリで受け入れられる可能性もなくもないか?  そんな感じで納得し――  まぁ、それなら。 「そのときは、わたしが観光案内してあげますよ」  追加のシャンプー液を手に取りながら、適当なことを答えてやる。  はてさて最適な場所は秋葉原か、それとも何かのイベントか。  ぷろみすフォーチュンの会社が出展しているゲームイベントなんてどうだろう、アイリーンを見た人たちは「よくできたコスプレだ」と驚き、感心するかもしれない。  なんて。  観光プランはどうであれ、わたしの回答は合格に足る点数を稼ぐことができたらしい。  アイリーンはむふむふと笑った――ようだった。  背を向けて髪を洗っていたから正確なところはわからないけれど、声が弾んでいたから、そうだったのだろうと思う。 「コノミ。いまのわたくしは、気分がいいですわ」 「はぁ。そりゃよかった」  悪いよりはいい方がいい。深く考えずに、答える。  だけど、その声が妙に近いところから聞こえたことに、わたしは違和感を覚えるべきだったのだ。 「ですから」と続いた言葉は、彼女にとっては心からの善意のつもりだったのだろう。  しかし――  昔の人は言いました。  慣れないことはするものじゃない、と。 「髪を洗うのを手伝ってあげましょう」 「え? いやちょっと待――」  そしてノータイムで頭上から降り注いだ大量の湯に、わたしはうっかり溺れかけた。

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