花泥棒と秘密の猿たち

読了目安時間:3分

エピソード:15 / 37

第十五話

「もともと興味がないのが良かったのかもしれないな。染まってないぶん、ほかのパートの邪魔をしないし」  そう花村が評したのは土曜日のライブから六日後の金曜日、練習終わりの打ち上げの時だった。町内の繁華街にあるその店の名前は『STAY FREE』といい、店名の意味合いそのままではなく無料ではないが、飲み物が安価で提供されるところだ。エレベーターのない雑居ビルの三階だったから機材を運ぶのに骨が折れた。バーの主人は現役でバンドをやっていて、何か相談があれば彼に話をしていた花村とそこに出向いた。 「けっきょく裕喜くんは帰ってきていないのか?」と花村は言った。布地のコースターに置かれたビールジョッキはすでに半分以上が失われている。  僕はコーラを飲み干して「ええ」と応えた。  主人が空になったグラスを飲み干し、ほかに何か飲みたいものはあるのかと聞いてくれた。こいつはアルコール駄目なんでウーロン茶を。花村が選んだ。メニュー表にあるものだしどうせならメロンソーダが良かった。  弟は金曜日の晩以降ずっと姿を消したままだ。母親にも叔父すらも連絡はいまだになく、もちろん僕の携帯も鳴っていない。彼が唯一持つ銀行口座の引き出し記録は、ひとつとして同じ街が記録されることはなかった。行方はようとして知れないままだ。上背の高い弟は見た目では二十歳以上に見えるときもあるし、補導される可能性も低いだろう。消息をたどるには何らかの行動を起こさなければならなかった。でも、母親は捜索願を出さなかった——理由を問うと、「男の子ですもの、色々あるわよ」とのことだった。 「正直いって部外者の俺がこんなことを言うのは筋違いかもしれないけど、お母さんの判断はどうかと思うな。男だって寂しいときには、誰かに見つけてほしいもんだよ」  相棒は声を荒げてそう言った。僕がウーロン茶を半分飲み終わるころには彼の腹には一リットルのビールが溜まっていた。花村は朝から何も食べていないらしく、酔いがまわるのも早いようだった。中座し、彼は尿意が近くなったのだろう、トイレへ向かった。「人間は一本の管」。叔父の言葉が脳裏によぎった。  あいつ酔っているみたいあけど、大丈夫? と店主が声をかけてくれた。花村が強い口調だったから意味を分からずとも心配して、声をかけてくれたらしい。  花ちゃんは酔うと周りにガーガー言うところがあるけどさ、いつだったか、きみらのバンドが始まったときに言ってたよ。ようやくやりたいことができる、ってね。練習の時とか強く言うことがあるかもしれないけど、必要なときだからこそだと思うよ。だから、翼ちゃんもね、気持ちを汲んでもらえると嬉しい。あいつ、悪い男じゃないよ。  それはわかっていた。僕らのバンドの曲は花村がすべて責任を持って作っている。そして僕のスタンスは作曲者の意思を尊重するというところだったから、利害が一致した。そうでなくとも、きっと花村以外だったら僕はバンドをやっていけないだろうと思う。彼のみならず、表現を志す若者は我が強い者が多い。一方で彼は音楽について、より良くなる可能性以外に考えるものはないというふうな純粋さを保ちながらも、ともに作業を行なうものに対して配慮を忘れない人間だった。  老婆心かもしれないけどね、と主人が話をやめたところで花村が戻ってくる。バーカウンターの椅子にどっかりと座る。顔が赤い。酔いは冷めていないらしい。よしといた方がいいと心配する店主をよそに、もう一杯だけとビールを注文する。ジョッキが運ばれる前に彼はタバコに火をつけた。 「話すべきことじゃないかもしれない、とは思っていたんだが」  彼は言った。次の言動に僕は動揺した。 「弟さん、土曜日のライブの日に来ていたぞ。気づかなかったのか?」

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 海にとける

    『海をまとう』短編小説コンテスト参加作品

    5,000

    0


    2022年5月25日更新

    人類はデータになることを選択した。時間の間隔を失い、データの海で変容していく……。

    読了目安時間:2分

    この作品を読む

  • 世界の平和より自分の平和

    神の子(超不器用)と愉快(?)な仲間たち

    263,600

    910


    2022年5月25日更新

    (物理的に)不器用な神様の子とその周囲の人々がわちゃわちゃする、90年代ライトノベル風味の現代ダークファンタジー。 スプラッタや、稀に同性愛表現が含まれます。 ****** 人間の両親と聖獣“朱雀”のミトコンドリア置換で生まれた『試験管ベイビー』の主人公、翔。そんな彼は不器用で、能力の扱いはイマイチ。痛覚が鈍く、しかし痛いのが大好きで、自傷癖持ち。一番の友だちは、百舌鳥の寒太。 ふわふわの薄栗色の髪の毛には太いアホ毛。とても目立つワインレッドの眼は、いつも眠そう。顔付きは可愛くもなければ、男前でもない。 特性だらけのモブ。 成り行きで婚約者となった未来の嫁は魔女らしく、超絶美人な日本×ドイツのハーフ。その嫁の使い魔は、自分が殺してしまった父親。 だが、翔は婚約者がどうも苦手だったりする。 そんな彼らに忍び寄る、他組織の影。 時に爆発を起こし、時に自分を刺したりしながら、家庭内や、自らが所属している組織内でマイペースに成長していく。……のかもしれない。そんな話。 ================ ☆小説家になろうからの転載 ☆週1~2回更新 ☆ブックマーク、感想、スタンプなど頂けると踊って喜びます!(ただし、作者はおぼろ豆腐のようなメンタルの持ち主です) ☆挿し絵も自作 『ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~』(完結済)の、ちょうど二年前の話(『ウサギ印』の親的なお話)になります。 (連載開始は『ウサギ印』より早かったのです……) キャラ多過ぎ! をコンセプトに書いてるお祭り小説なので、キャラが多いです。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:6時間18分

    この作品を読む