「もともと興味がないのが良かったのかもしれないな。染まってないぶん、ほかのパートの邪魔をしないし」 そう花村が評したのは土曜日のライブから六日後の金曜日、練習終わりの打ち上げの時だった。町内の繁華街にあるその店の名前は『STAY FREE』といい、店名の意味合いそのままではなく無料ではないが、飲み物が安価で提供されるところだ。エレベーターのない雑居ビルの三階だったから機材を運ぶのに骨が折れた。バーの主人は現役でバンドをやっていて、何か相談があれば彼に話をしていた花村とそこに出向いた。 「けっきょく裕喜くんは帰ってきていないのか?」と花村は言った。布地のコースターに置かれたビールジョッキはすでに半分以上が失われている。 僕はコーラを飲み干して「ええ」と応えた。 主人が空になったグラスを飲み干し、ほかに何か飲みたいものはあるのかと聞いてくれた。こいつはアルコール駄目なんでウーロン茶を。花村が選んだ。メニュー表にあるものだしどうせならメロンソーダが良かった。 弟は金曜日の晩以降ずっと姿を消したままだ。母親にも叔父すらも連絡はいまだになく、もちろん僕の携帯も鳴っていない。彼が唯一持つ銀行口座の引き出し記録は、ひとつとして同じ街が記録されることはなかった。行方はようとして知れないままだ。上背の高い弟は見た目では二十歳以上に見えるときもあるし、補導される可能性も低いだろう。消息をたどるには何らかの行動を起こさなければならなかった。でも、母親は捜索願を出さなかった——理由を問うと、「男の子ですもの、色々あるわよ」とのことだった。 「正直いって部外者の俺がこんなことを言うのは筋違いかもしれないけど、お母さんの判断はどうかと思うな。男だって寂しいときには、誰かに見つけてほしいもんだよ」 相棒は声を荒げてそう言った。僕がウーロン茶を半分飲み終わるころには彼の腹には一リットルのビールが溜まっていた。花村は朝から何も食べていないらしく、酔いがまわるのも早いようだった。中座し、彼は尿意が近くなったのだろう、トイレへ向かった。「人間は一本の管」。叔父の言葉が脳裏によぎった。 あいつ酔っているみたいあけど、大丈夫? と店主が声をかけてくれた。花村が強い口調だったから意味を分からずとも心配して、声をかけてくれたらしい。 花ちゃんは酔うと周りにガーガー言うところがあるけどさ、いつだったか、きみらのバンドが始まったときに言ってたよ。ようやくやりたいことができる、ってね。練習の時とか強く言うことがあるかもしれないけど、必要なときだからこそだと思うよ。だから、翼ちゃんもね、気持ちを汲んでもらえると嬉しい。あいつ、悪い男じゃないよ。 それはわかっていた。僕らのバンドの曲は花村がすべて責任を持って作っている。そして僕のスタンスは作曲者の意思を尊重するというところだったから、利害が一致した。そうでなくとも、きっと花村以外だったら僕はバンドをやっていけないだろうと思う。彼のみならず、表現を志す若者は我が強い者が多い。一方で彼は音楽について、より良くなる可能性以外に考えるものはないというふうな純粋さを保ちながらも、ともに作業を行なうものに対して配慮を忘れない人間だった。 老婆心かもしれないけどね、と主人が話をやめたところで花村が戻ってくる。バーカウンターの椅子にどっかりと座る。顔が赤い。酔いは冷めていないらしい。よしといた方がいいと心配する店主をよそに、もう一杯だけとビールを注文する。ジョッキが運ばれる前に彼はタバコに火をつけた。 「話すべきことじゃないかもしれない、とは思っていたんだが」 彼は言った。次の言動に僕は動揺した。 「弟さん、土曜日のライブの日に来ていたぞ。気づかなかったのか?」
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