彼の話を統合すると、つまるところ音楽とは彼の種族における兵器のようなものらしい。ある種の音の発する波長は、血気盛んな軍隊さえも牧場に飼われた牛のようにおとなしくさせる作用があるそうだ。しかもそれは地球における七〇年代から八〇年代後期のロック・ミュージックに顕著だそうだ。またmp3やCDのデジタル化した音源では効果がなく、レコードへ針を乗せた上で巨大な蓄音器で聴かせることで効果を最大限発揮できるらしい。 「恥ずかしながら同じ種族間での争いさ。きみの星のように」 彼の皮肉を僕は無視した。見解を述べられるほど僕は偉い人間じゃない。 「きみの国でも同じ意味の現象があったよ——『龍脈』ってやつが原因だ。星の裏側には血液のように流れる川があって、その地脈には膨大なエネルギーが流れている。だけどそのエネルギーがまれに地上に噴き出すポイントがある——温泉みたいにね。それが、『龍穴』」 口を慎んで彼の話に耳を傾ける。 「ぼくらの星ははじめ一つの大陸で、まわりは海で囲まれていた。ぼくらの種族はそこで繁栄を続けたんだ。ナンバー1から38万2467までだね。だけどあるとき、地殻変動が起こって——パキン。二つの大陸に分かれてしまった」 僕は7188氏から火を借りる。自分のタバコに火をつけた。 「ぼくらナンバー1から21万とんで58までは幸いだった。そばに『ピグマリオン』が居て庇護を受けることができたから。だけど、済むところが異なれば考え方は違う。優先順位だって異なる——21万59から38万2467は『ピグマリオン』を否定しはじめた。兵器をいくつも製造し、ぼくたちに攻撃を仕掛けてきたんだ。同じくして、ぼくたちにも戦う理由ができた——けして自衛のためじゃない。『ピグマリオン』が必要とする龍穴はあちら側の大陸にあったんだ。そう、侵略戦争の始まりさ」 7188氏の持つタバコはほとんどが灰になっていて、やがて月の砂だらけの大地にぽとりと落ちる。 「とてもひどい戦争だった——勇敢な兵士はみな死に、また新しく生まれ変わるサイクルができた。38万2468から順にナンバリングされてね。臆病な兵士は未だにナンバーを変えれずにいる。このぼくが最たる例だ。だからこんな辺鄙な土地まで飛ばされて、戦闘の収束のためにレコード収集に励んでるって訳さ」 ひと呼吸おいて、7188氏は自分のタバコがフィルターを残してなくなってしまったのに気づく。照れ隠しに「失敬」とことわり、新しいタバコに交換する。 「きみらの科学力は地球よりも何倍も進んでいる」僕は言った。 「もしかしたら相手の勢力を根絶やしにしてしまうほどの破壊兵器だって作れるんじゃないのか?」 7188氏はポリバケツのふた部分を——人間でいうところの首ねっこの部分を——ぶるぶると震わせながら、 「きみは恐ろしい提案をするね」と言った。 「そうだね、強いていうと宗教上の理由だよ。『ピグマリオン』は無益な殺生を好まない。それにぼくらは生まれ変われるけれど、タダで輪廻できるならそんなうまい話はない。絶対に痛みを伴うんだ。——『ピグマリオン』は痛みを感じるのを推奨していない。また、相反する勢力だってポリシーがある。人道的じゃないのは、誰だってやりたくないだろう?」 僕は黙った。ふう、と大きくため息をついてから「協力するよ」と答えた。 「ありがとう」と彼は力なく返答した。心細げにフタの口から搾り出された声は冬の幽霊のように行き場をなくし、やがて消えていった。 「お礼にきみに伝えておこう。ぼくが君を選んだ理由も『龍脈』なんだよ。ぼくらはみんな生きている。ぼくら生き物のあいだでも微力ながらそのエネルギーは流れているんだ。……ほんのちょっぴり、だけど。きみはね、溜め込めておける容量が多いみたいなんだ」 彼は言った。 「きみが河川敷を走っていたのを見て、ぼくはびっくりしてしまった。きみはエネルギーに充ち満ちていて、黄金色に輝いていた。目が眩んでしまうほどに。それから、——無作法で失礼な真似をしたのは謝るし承知の上だけれど——身体を調べさせてもらったとき、人さし指の腹部分が硬くなっていると気づいた。——きみはなにか楽器をやっているね? ……だからこそ、ぼくの任務には適任な人材だと思えた。きみはまさに『億人に一人』の逸材だったんだ」 ……億人に、一人。叔父が僕に言い続けていたフレーズだ。なんだかおかしかった。童心をくすぐられるようで珍しく僕は饒舌になった。 「——きみと話をしていると子供の頃の自分を思い出すよ。あのころ僕は人の目や言葉に敏感で、他人の内緒話に聞き耳を立ててしまったりしていた。自分が他人にどう思われているのか、不安でたまらなかったんだ」息を吸い込み、ふたたび口を開く。 「きっと僕は自分ってものがなかったんだろう。恥ずかしい話さ」 叔父から発せられた「王様になる」という予言をいったん僕は棚に上げる。 「子供の頃?」 耳を傾けていた7188氏はポリバケツの持ち手ののあたりを——人間でいう頭の部分にあたるだろう箇所を——ぽりぽりと掻いている。 「きみの言っている意味がよくわからないな」 彼は自前のキャタピラで月の荒れ果てた大地に降り、僕の周りをまたくるくると回りはじめた—— 「ぼくはこの通り、生まれた時からこの姿だからね」
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