花泥棒と秘密の猿たち

読了目安時間:3分

エピソード:12 / 37

第十二話

「話をもとに戻そう。ぼくはきみを拉致した。きみの都合なんて何一つ考えていない暴力的な行為だ。不満に思われて抗議や、糾弾されても仕方ないのを承知してぼくはしている」かれはそこで一度話を区切り、人指し指を突き出すような具合で緑色の触手をこちらへ向ける。 「でもぼくも切羽詰まった状況だと理解してくれたらうれしい。言い訳に聞こえるかもしれないが、きみ以外で条件に合う“サンプル”が見つからなかったんだ。こうした場合、ぼくらは大抵“サンプル”の記憶を奪う。ぼくらの存在が知られるのは百害あって一理なしだからね」  かれはタバコに火をつけた。かれの星にもタバコがあるのだと驚愕するとともに、地球的感覚で言うならば——かれの体はポリバケツめいていて、空洞のはずだと僕は思い込んでいた。ついついカラのポリバケツの中で紫煙がゆらめている様子を想像してしまう。 「だけどぼくは今回きみの記憶を消さない。きみが口外しないならば。——これはぼくの誠意だと受け取ってほしい。ぼくときみとの個人のあいだでの……、些細な通信だとして処理する。ぼくの提案に乗ってくれるのならば、ぼくはきみを地球へと帰すことができる。何事もなくね」  月へと連れてきてまで“提案”すること自体が脅迫に近い行為だとまるで気がついていないみたいだ。 「……なんのためにこんなことを?」  問いかけつつ、先ほどかれが発した“サンプル”という単語の冷たい響きに暗い想像をはたらかせた。  すなわち手術台にのせられて——身体中をいじくられて、しまいには脳にコントロール用のマイクロチップを埋め込まれるようなやつだ。そいつは時機がくれば第三次世界大戦の火種を点けるようにプログラミングされている。僕を引き金として世界全土に核の雨が降り注ぎ、われわれ人類は死滅する。残された大地で銀河からやってくる彼ら移植者たちは種子となり、新たな生命を育むのだ。  気の長くなるような時間をかけて彼らは土地を開墾する。星は海の青さと豊かな緑を取り戻し、やってきた彼らは永世的な支配者として君臨する。そして僕ら人類の末裔である類人猿はどこか深い森の中に追いやられている。バナナの奪い合いのために仲間同士で争い続ける。  あるいはそんな牧歌的な未来は地球の望むところかもしれないけれど。 「よく聞いてほしい」妄想はさておき彼はあっけなく続けた。 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」 ☆  フィル・セイモアのレコードを僕が手にしたのはずっとあとになってからだ。持ち主の居なくなった叔父の部屋でみつけた。  ライナーノーツによると「フィル・セイモア」という人物はドゥワイト・トゥイリー・バンドおよびトゥエンティ・バイ・トゥエンティに在籍し、またトム・ペティのアルバムに参加していたミュージシャンのようだ。彼はドラマーであると同時にシンガーソングライターだった。  レコードに針を落とす。スピーカーから流れる音楽に耳を傾けると、マージービートを基調とした甘いメロディと歌声が印象的だった。ウエストコースト寄りのポップ・サウンド。ボビー・フラーやエルヴィス・プレスリーのカヴァーを織り交ぜたその音源は真夏の強い光線というよりも、穏やかな春の日差しの匂いを感じた。やはり叔父の趣味だな、と僕は思った。  結局のところ、僕はこのアルバムをナンバー7188氏に渡す機会を得られなかった。

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