Amazonギフトカードが当たる会員登録キャンペーン実施中!詳しくはこちら

花泥棒と秘密の猿たち

読了目安時間:4分

11=9/9. evening

第二十四話

 叔父と母がくちづけをかわしているのを目撃したのは、父親の遺体が見つかって四日後の金曜日だった。  長い接吻だった。ベッドに横たわる叔父に、母は身をかがめるようにしてくちづけている。互いの舌と舌が絡まりあい、耳をすませなければわからないほどの密やかな吐息が漏れている。  僕はカーテン越しでそんな彼らふたりの姿を眺めたまま、ただ立ちつくしていた。 ☆  その日は翌日の土曜日ライブに向けた練習のために夕方にスタジオを予約していた。母親と取り決めた当番の日ではない。病院へ見舞いに行く予定ははじめからなく、僕は夜中にマスコミからの視線を避けて買い出しを済ませ、真夜中に帰路へつくはずだった。  午前中に事情が変わった。授業を受けているときにベーシストの花村からメールが来た。今日の練習は取りやめようという提案だった。父が死んだ自分の置かれている状況の変化をすでに伝えていたから、気を遣いがちな彼がそうするのも無理はなかった。  だけど僕は途方に暮れた。実際のところ、バンド練習の時間を自己慰安の場にしようとしていたふしがあったからだ。ストレスが溜まっていた。僕のいらいらした気分は、太鼓をやたらめたらに打ち鳴らせば少しは和らぐのではないかと思っていた。結果として、バンド練習がなくなって正解だった。音楽に私情を持ち出すことは、自分の本意ではないからだ。  とはいえまっすぐに帰宅するのも気が引けた。手伝いに来ている祖父母との話題の種もすでに尽きていたし、弟とは事件以来まともな会話をしていない。祖父母は部屋数が足りないので駅近くのホテルに宿をとっていたが、夜になるまでは自宅に滞在していた。  僕はしばらくのあいだ、ひとりになりたかった。  放課後も教室の窓際にある自分の席で、ほおづえをついて外を眺めていた。いくつもの人影が昇降口から放射状に飛び出していき、やがて校門を通ってそれぞれの目的地へと向かっていく。  夏が終わり、上級生から代を引き継いだばかりの野球部は精を出して練習に励んでいる。教室内では、引退した部員と恋人が寄り添いながらグラウンドの様子を見守り、何事かを話している。文化祭が近いためか、遠くの方角から吹奏楽部の管楽器が吹き鳴らされる音がした。教室の近くでも打楽器担当の生徒なのだろうか、練習台を持ち寄って、譜面台とメトロノームと共にマーチングする音が聞こえた。体育館ではいくつものバスケットボールが床に打ち付けられて反響音がこだましているはずだ。  なにもかもが自分とは関係のない世界の出来事であるように感じられた。  青空はやがて姿を変えて橙色に染まっていく。雲が多い日で光の加減はまばらだ。日が傾いていくのに従って、陽光は桃色に変化し、あたり一面を染めていく。元野球部員の恋人がそれを見て「きれいだ」なんて言っていた。  僕は完全に日が落ちてから、校門の停留所から出るバスに乗り込んだ。叔父に会いたいと思った。子どもの頃から僕は叔父が好きだった。彼の言葉に耳を傾け、認知できる世界が広がっていくのが嬉しかった。何が起きても自分の心根が変わらないのだと他人事のように感じた。  きっと僕はただ話がしたかった。父が死んで起こった出来事、僕がなにを感じたのかを。そして、叔父と僕ら家族のこれからの未来のことを。  病院のエントランスをくぐる。広々とした待合室には、ところどころ巡回する職員以外に誰もいないようだ。  すでに面会時間は過ぎていたが、顔馴染みの看護士に頭を下げて僕は病室へと向かった。消灯時間の夜九時までうるさくしないで静かにしてもらえれば大丈夫。看護士が注意事項を告げた。僕も長居するつもりはないから少しだけの時間で構わなかった。  夜の病院は閑散としており、すでに照明を落として使われていない部屋も多い。階段を上りきったところにある叔父の病室も相部屋で老人が多いためかひとつ照明が落とされて薄暗かった。個人のプライベートを守るための仕切りであるカーテンは完全に閉め切られている。  病室内では、それでも完全消灯まではまだ起きていようとする病人たちがテレビをイヤフォンで観ているようで、ノイズ混じりの光源がちらついていた。一番奥の窓際、叔父のベッドは他の病人たちと同じようにカーテンで閉じられているが、暖色灯の光が漏れている。まだ叔父は眠ってはいないようだ。  カーテンに手を触れようとしたときに叔父の声を聞き、開けようとした僕は躊躇した。 「守さんの件は残念だったな」  彼は独り言をいうような男ではない。誰かそばにいるのだろうかと考えた刹那、知っている気配を感じた。応答は聞き慣れた声だった。

Amazonギフトカードが当たる会員登録キャンペーン実施中!詳しくはこちら

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 言葉喪亡

    新たな短編集です。

    6,600

    0


    2021年9月29日更新

    話を紡ぐたび、言葉が消えていく。 カミサマのゲームは今日もつづく。

    読了目安時間:15分

    この作品を読む

  • 「ついてない」男。

    女→男になった画家が生き方にあがく物語。

    14,000

    11


    2021年9月28日更新

    「本物の男になれないのなら、僕がこの世の中のいる意味はないのだろうか」 FTM(女→男になった人)でゲイの瀬戸旭は苦悩し続けていた。 本物になりたいという事と、画家になりたいという2つの願望があった。 ある時、瀬戸旭はスランプを脱する為にゲイバー「グラーニェ」に向かい、そこで二人の同性愛者のカップルに出会い 流れで二人の家で飲み直す事に。 荒木拓哉と三木春光。二人はパートナーシップ制度を利用して結婚をし共に生活をしていた。 そんな二人と話しているうちに、春光と旭は共に同じ美大の先輩と後輩にあたる事が判明する。 「大学のよしみだし、敬語じゃなくてもいいよ。ふつーに友達って感覚でいいから」 同じ画家同士の交流が始まる。 ※同性愛の描写を含みます。BLなどが苦手な方はご注意ください。 自作小説「はっちゃん。」に登場したキャラクターも登場します 続編的な側面もありますので、前作を読んだ方も楽しめます。 表紙は自作です。 不定期更新

    • 性的表現あり

    読了目安時間:2時間3分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 終末街の無軌道少女隊~ゾンビや化物が跋扈する封鎖された城郭都市で、重犯罪人の女性たちが好き勝手に生き抜くそうです~

    反社会的web小説の金字塔!(独断)

    27,500

    2,622


    2021年8月27日更新

    これは一癖も二癖もある元女囚人達と、集団唯一の良心である一般人の少女が、何にも囚われず好き勝手に生きる新感覚日常物語である。 時をさかのぼること数年前、世界屈指の犯罪大都市に、突如として摩訶不思議な力を行使する異形の化物共が現れる。 囚人街と蔑まれた都市は、一夜にして終末街へと早変わりをした。 事態を重く見た時の政府はすぐさま軍隊を投入するも、じわじわ被害が拡大していく。 時を同じくして、各地から信じられない報告が相次いだ。なんと哀れな犠牲者達が再び起き上がり、仲間であるはずの人間を次々と襲い始めたというのだ。 後にゾンビ症と呼ばれ、意思を持たぬはずの死体が空腹に突き動かされ、新鮮な人肉を求め彷徨い歩くという、未だかつて人類が経験した事の無い最悪の事態だと判明する。 あまりの被害の大きさに政府は即応集団のみならず、各地方面軍を招集。次いで国際社会の呼びかけに応じる形で、多国籍連合軍を結成した。更には足りない人員を埋めるため、減刑を餌に囚人をボランティアと称し当該地域へ投入する事で、事態の収拾に当たっていた。 しかしなんの成果も挙げられず、ゆっくりとだが確実に被害地域は広がっていった。 押されつつも一進一退の攻防を続け約一月。遂に最終防衛ラインが都市外部へと差し掛かろうという所で、世界と都市の人々の運命を決定付ける、ある決断が下された。 化物の進行を止めるため、政府によって秘匿されていた独立特務機関である『九曜機関』の手によって、荒端境と呼ばれる大結界を使い、都市ごと化物とゾンビを隔離したのだ。数万人の生存者を残したままに。 その後すぐに、万が一に備え建てられた、通称『隔絶の城壁』で都市周囲を完全に封鎖。この壁によって化物の侵攻を防いでいると、表向きには発表されていた。 そして現在。都市に点在する生き残り達の集落から離れた、小高い丘の上にある豪邸。そこでは政府から見捨てられた数人の女囚人たちが、身を寄せ合って共に過ごしている。 様々な事情を抱える彼女達だが、今日も地獄の一丁目で、現状に折り合いをつけ生活しているのだった。 不幸と騒乱を、周囲にまき散らしながらであるが……。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:1時間13分

    この作品を読む

  • 【BL】忍ぶれど 忍ばざりけり 忍びの恋

    前世が姫のオレ、転生忍者に溺愛されて困惑

    1,000

    0


    2021年9月28日更新

    【連載中】軽妙でコミカルなBL・現代ファンタジー。 「オレの前世は、お姫様!?」転生忍者の400年ごしの溺愛にジタバタする苦労性ノンケ男子の受難の日々。 さかのぼること、江戸時代。 時の征夷大将軍・徳川家康のフィクサーとして名高い僧正・天海上人の直属の隠密部隊・黒賀弥(くろがみ)一族。 妖艶な美貌の忍者・緋凪(ひなぎ)に横恋慕され、池に身を投げ逃れた一族の巫女姫・白那(しろな)は、みずからに"氷霧転結の術"なる忍術をほどこし、400年の時を経て現世に輪廻転生したが、前世の記憶をいっさい持たないばかりか、天海音 真白(あまみね ましろ)という名の男子に生まれ変わってしまった。 高校3年の頃に両親を亡くした真白は、亡母の妹である叔母に引き取られたが、大学進学をあきらめ高校を中退し『和家蟻(わけあり)ホームズ』という不動産屋で働くようになった。 真白の職務は、もっぱらカウンター窓口での接客や、内見の案内。そして、"できたてホヤホヤ"の事故物件に入居して1か月ほど暮らし、"安全性"をチェックすることだった。 そんな真白が、20才の誕生日を間近にひかえた頃。 またしてもワンマン社長の絶対命令により、ハードな事故物件に滞在せざるを得なくなった真白は、そこに突然あらわれた密林のようなボサボサの長髪にボロボロの服を着た悪臭まみれの男に抱きつかれ、パニックにおちいる。 男は、刀夜丸(とうやまる)と名乗り、「オレは白那姫と再会するために"生滅流転の忍術"を駆使して江戸時代から何度も転生を繰り返してきた」と言い、真白こそが白那姫の生まれ変わりなのだと断言する。 いっぽう、前世において刀夜丸から白那姫を奪おうとした憎き恋ガタキ・緋凪もまた、不老長寿の妙薬により現世まで美貌を保って生き続け、有名な動画配信サイトでフォロワー150万人超えを誇るインフルエンサーとなっていたが、白那姫への執心は衰えをしらず…… ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。 ・「かんたん表紙メーカー」使用

    読了目安時間:36分

    この作品を読む