モルガナイトの夜

読了目安時間:5分

エピソード:2 / 6

第二話 結理恵とボクの出会い

 結理恵(ゆりえ)とボクの出会いは、四年前にさかのぼる。  当時二十六歳だったボクは、制作会社でウエブデザインの仕事をしていた。入社三年目にして、プロデユース、デザイン、コーディングに至るまで、すべて一人でこなさなければならない小さな会社だった。  担当していたクライアントの中に、中堅の宝飾店があった。自らの工房を持ち、ジュエリーの企画、製作、そして卸販売を生業(なりわい)とする会社だ。ボクと宝石店の広報担当者、そしてデザイナーを加え、三人でウェブマーケティングのチームを組んだ。その時チームに加わったジュエリーデザイナーが、結理恵だった。  当時二十七歳の結理恵は、デザイナーと言ってもまだ駆け出しで、入社してから七年間、職人の下でジュエリー製作を学んでいた。クラフトをやらないデザイナーも多いが、結理恵はすべての工程を一人でこなせるようになりたいと言っていた。製作工程を深く知るほどに、デザインの発想にも良い影響があるのだそうだ。  宝石は、大きく二つに分けることができる。ダイヤモンドと、それ以外のカラーストーンだ。結理恵は、「日本では、ダイヤモンドばかりが持て(はや)される」と言って(なげ)いた。日本ではまだ、資産価値だけでジュエリーの良し悪しを計る人も多い。ダイヤモンドには、厳格なグレーディングが存在する。評価基準に沿って鑑定されているという安心感から、ダイヤにばかり人気が集中するのだ。  逆にカラーストーンは、アクワマリンなど一部の石を除いて評価基準は存在しない。つまりは買い手に、いわゆる「目利き」が必要になるのだ。鉱物学的な分類や特徴、エンハンスメントやトリートメントなどの処理法など、カラーストーンを選ぶために憶えなくてはならない事は多いし、また数えきれない程の種類がある。しかしそれ故に奥深く、魅力ある世界だとも言える。 「カズさん、知ってます? 海外のジュエラーって……例えばブルガリとか、ティファニーとか、ショーメあたりのジュエラーなんですけど、カラーストーンを使ったハイジュエリーを作るんですよね。カラーストーンって言っても、ルビー、サファイアみたいな貴石ばかりじゃなくて、アメシストやトルマリンみたいな半貴石も使うんです。日本でそういう石は、アクセサリーにしちゃうんですよ。それがヨーロッパのジュエラーの手にかかれば、ハイジュエリーになってしまうんですよ。この違いって、やっぱり文化の違いなんでしょうか。日本でもっと、カラーストーンジュエリーの文化が根づいたって良いと思うんですよね」  日本にはカラーストーンジュエリーの文化が無いと嘆く結理恵に、「だったら、ボク達で創ろう」と提案して、ブランドを構築し、マーケティングを練った。ブランドイメージに合わせ、デザイナー達にデザインを依頼し、その内のいくつかは結理恵が担当した。仕上がったデザインの中から一点のリングを選び、試作品の製作が始まった。  二週間後に仕上がった試作ジュエリーを見て、ボクは予想を超える存在感に息を飲んだ。十キャラットを超える大粒モルガナイトの底から湧き上がる、透明感あふれる桜色の煌めき。両脇に添えられたアクワマリンの空色が、優しいコントラストを生み出す。そして周囲を取り巻くダイヤモンドの強い輝きが、モルガナイトの繊細な石色をより一層引き立てている。  モルガナイトの石色は、肌の色との馴染みもよく、大粒ストーンでも違和感がない。サイドのアクワマリンの石色はバランスを考え、あえて淡い色調を選んだのだそうだ。モルガナイトとアクワマリンは、どちらもベリルという鉱物だ。含有する元素の違いで、発色が異なる。同じ宝石同士、色調さえ気をつければ相性が悪いはずがない。  ダイヤモンドジュエリーとは、また別世界の美しさがそこに在った。しかし逆に、日本でカラーストーンジュエリーが受け入れられない理由は、この豪華さに在るのではないかと感じた。華やかで鮮烈な存在感感があるからこそ、逆に敬遠されているのではないだろうか。つまり、どう着こなせば良いのか解らないのだ。  海外セレブリティー達の着こなしは、もちろん参考になるのかもしれない。ジュエラーの広告塔として、大粒カラーストーンジュエリーを身に(まと)ってレッドカーペットに立つハリウッド女優も多い。しかし顔立ちや体格、肌の色だって違うのだから、そのまま流用などできるものではない。カラーストーンには、服や肌の色との相性だってある。  着こなしが解らないことが普及の妨げになっているのなら、その部分を解決してやればいい。ウェブでのプロモーションは、着こなしの提案に重点を置くことにした。服との相性だけでなく、ジュエリーを着けるシーンの提案を、積極的に行うようにした。  場の雰囲気と衣装に溶け込めば、カラーストーンジュエリーの美しさと豪華さだけがが際立つ。その存在感は、周囲の羨望(せんぼう)の眼差しを集める。熱い眼差しを送る者にとって、「欲しい」と感じる瞬間だ。この瞬間をできるだけ多く創りださなくてはならない。  ウエブプロモーションと並行して、富裕層向けのイベントとのタイアップを行った。例えば、百人規模のパーティーのスポンサーとなり、カラーストーンジュエリーを纏った女性スタッフを多数、参加者として送り込んだ。そして興味を持った人達を、ウエブサイトへ誘導した。  ウエブとリアル、相乗効果でボク達のカラーストーンジュエリーは、徐々に浸透していった。一年が経つ頃には、積極的にキャンペーンを行わなくても、売上が生まれるようになった。  リピート購入も多かったが、大半はクチコミや紹介によって発生する購入だ。富裕層へのアプローチは、クチコミ促進に絞り、客層を拡大するキャンペーンに取り掛かった。オピニオンリーダーとなる芸能人や著名人をピックアップし、ボク達のスタッフがジュエリーを含め衣装の全てをコーディネイトした。メディアへの露出を重ねるにたびに、売上が大きく積み重なった。  ボク達のプロジェクトは、大きな成功を収めた。 (つづく)

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