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寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。 日曜の夕は憂鬱の憂。輝かしい金の夜、清々しい土曜の朝、落ち着いた日曜の昼。夢の時間は過ぎ去って、仄暗い宵の向こうからは現実の寝息が聞こえて参る憂鬱な一時であります。月曜も休みだったらよいのに、とは万人の総意ではありますが、明けぬ夜は無し、覚めぬ夢は無しでございます。 だからこそ、日曜の夕べを憂鬱に過ごすのは勿体ないとは思いませんでしょうか。現実を憂うのではなく、夢の残りを楽しむ方に意識を向けてはいかがでしょう。日曜の夕を遊興の遊としてしまおうじゃありませんか。 だがしかし、酒遊び、女遊びも結構ですが、今からですとちょいと重い。読書くらいが丁度いい。それも胃もたれしない程度の軽いもの。さて、都合の良いことに、私の手元にいくつかの軽い“話”がございます。読み始めから読み終わりまで、5分とかからぬ片手サイズの読み物です。 どうぞ、お好きなものからご覧下さい。タイトルの文字を、人差し指か親指で押すだけでお読み頂けます。回れ左は少し困ります。ネットの文章は、右へ、下へと読み進めるものでございます。
読了目安時間:22分
私は古い人間である。幼少の頃より紅白Flash合戦を眺め、倉庫や保管庫に籠りAA長編を読み、やる夫と共に学び、ブーンと共に青春を過ごしてきた。些か誇張はしているものの、彼らは私の人生に少なくない影響を及ぼしている。 AAは記号によって作り上げられた絵であり、2000年代は彼らの全盛であったと言えよう。無数の投稿者によって多種多様なジャンルのAA小説が投稿され、私はAAが織りなす世界に入り浸っていた。 しかし、悲しいかな、ブーン系引いてはAAというジャンルは10年経った今、もはや風前の灯だ。倉庫も保管庫もずいぶん昔に閉鎖され、スレは日本の地方部が如く過疎化し、かつてのような勢いはほぼ存在しない。私自身の情熱が薄れているだけかもしれないが。 いや、だからこそ、今ここでAAという文化を絶えさせてはいけない。AAと共に育ってきた私は、平成に生まれたネット文化を継承し、令和の世に繋げなくてはならない。という建前で投稿していこうと思う。 ただ、果たしてこのブーン系を小説と呼んでもよいのだろうかという疑念もある。あまりにも一般小説とは異なる文体、鍵括弧の左に鎮座する謎の顔文字、消失した地の文……完全に感覚が麻痺している私としては、一切の疑問を覚えることもないが、何も知らない読者の方がコレを読みでもしたら眉を顰めるのではないかと恐々キーボードを叩いているのが現状である。このようなものを「小説投稿サイト」に投稿していいのだろうか? いいや、小説という者は懐が深く、あらゆる作者の妄想を抱きしめてくれる聖母のような存在である。なれば、その聖母の聖母たる豊満な優しさに溢れた胸に飛び込み、「これは小説である!」と人目も憚らずに主張しようではないか。運営に消されなければコレは小説なのだ。と言う事でノベプラ運営さんは削除しないで欲しい。多分見てないけど、見られた時用に言っておく。予防が大事なのは2020年上半期で皆学んだはずだ。
読了目安時間:4時間22分
0 名前:以下、名無しにかわりまして日曜日夕がお送りします[sage]:2020/08/08(土) 21:00:00.00 ID:1399336 ■Q.何故この度、異世界転生を? (^ω^)「忘れ去られた時、人は死ぬって言うじゃん?」 (^ω^)「だから俺は死んだよ」 (^ω^)「…………」 (^ω^)「…………」 (^ω^)「…………」 ■Q.どうかしましたか? (^ω^)「いや、200文字未満だと投稿できないから」 ■Q.それ「小説家になろう」だけですよ (^ω^)「他のサイト名だすなや」 ※小説家になろうでも同時公開
読了目安時間:7時間36分